をして見ようかと思います」
母「それだから私が云わない事じゃアない、彼《あ》の娘《こ》を不具者《かたわ》にしちゃア済まないから、私も一緒に連れてっておくれ」
丹「連れて行けたって、あんた歩けますまい」
母「歩けない事もあるまい、一生懸命になって行きますよ、何卒《どうぞ》お願いだから私の手を曳いて連れてっておくれ」
丹「だがはア、是れから一里もある処で、なか/\病揚句《やみあげく》で歩けるもんじゃアねえ」
母「私は余り恟《びっく》りしたんで腰が脱《ぬ》けましたよ」
丹「これはまア仕様がねえ、私《わし》まで腰が脱けそうだが、あんた腰が脱けちゃア駄目だ」
母「何卒《どうぞ》お願いだから……一通り彼《あれ》の心術《こゝろだて》を話し、孝行のために御当家《こちら》さまへ奉公に来たと、次第を話して、何処までも私がお詫をして指を切られるのを遁《のが》れるようにしますから、丹治誠にお気の毒だが、負《おぶ》っておくれな」
丹「負ってくれたって、ちょっくら四五丁の処なれば負って行っても宜《え》いが……よし/\宜《よ》うごぜえます、私《わし》も一生懸命だ」
と其の頃の事で人力車《くるま》はなし、また駕籠《かご》に乗るような身の上でもないから、丹治が負ってせっせと参りました。此方《こちら》は最前から待ちに待って居ります。
作「早速庭へ通せ」
という。百姓などが殿様御前などと敬い奉りますから、益々増長して縁近き所へ座布団を敷き、其の上に座して、刀掛に大小をかけ、凛々《りゝ》しい様子で居ります。両人は庭へ引出され。
丹「へえ御免なせえまし、私《わし》は千代の受人丹治で、母も詫びことにまいりました」
作「うむ、其の方は千代の受人丹治と申すか」
丹「へえ、私《わし》は年来勤めました家来で、店請《たなうけ》致して居《お》る者でごぜえます」
作「うん、其処《それ》へ参ったのは」
母「母でございます」
と涙を拭きながら、
「娘が飛んだ不調法を致しまして御立腹の段は重々|御尤《ごもっとも》さまでござりますが、何卒《どうぞ》老体の私《わたくし》へお免じ下さいまして、御勘弁を願いとう存じます」
作「いや、それはいかん、これはその先祖伝来の物で、添書《そえがき》も有って先祖の遺言が此の皿に附いて居《お》るから、何うも致し方がない、切りたくはないけれども御遺言には換《か》えられんから、止むを得ず指を切る、指を切ったって命に障《さわ》る訳もない、中程から切るのだから、何も不自由の事もなかろう」
母「はい、でございますけれども、此の千代は親のために御当家様へ御奉公にまいりましたので、と申すは、私《わたくし》が長煩《ながわずら》いで、人参の入った薬を飲めば癒ると医者に申されましたが、長々の浪人ゆえ貧に迫って、中々人参などを買う手当はございませんのを、娘《これ》が案じまして、御当家のお道具係を勤めさえすれば三年で三拾両下さるとは莫大の事ゆえ、それを戴いて私《わたし》を助けたいと申すのを、私《わたくし》も止めましたけれども、此娘《これ》が強《た》ってと申して御当家さまへ参りましたが、親一人子一人、他に頼りのないものでございます、今|此娘《これ》を不具に致しましては、明日《あす》から内職を致すことが出来ませんから、何卒《どうぞ》御勘弁遊ばして、私《わたくし》は此娘《これ》より他に力と思うものがございませんから」
長「黙れ/\、幾回左様な事を云ったって役に立たん、其のために前々《まえ/\》奉公住みの折に証文を取り、三年に三拾金という給金を与えてある、斯《かく》の如く大金を出すのも当家の道具が大切だからだ、それを承知で証文へ判を押して奉公に来たのじゃアないか、それに粗相でゞもある事か、先祖より遺言状の添えてある大切の宝を打砕《うちくだ》き、糊付にして毀さん振をして、箱の中に入れて置く心底《しんてい》が何うも憎いから、指を切るのが否《いや》なれば頬辺《ほッぺた》を切って遣《や》る」
母「何卒《どうぞ》御勘弁を……」
と泣声にて、
「顔へ疵《きず》が附きましては婿取前の一人娘で、何う致す事も出来ません」
長「指を切っては内職が出来んと云うから面《つら》を切ろうと云うんだ、疵が出来たって、後《あと》で膏薬を貼れば癒る、指より顔の方を切ってやろう」
と長助が小刀《ちいさがたな》をすらりと引抜いた時に、驚いて丹治が前へ膝行《すさ》り出まして、
丹「何卒《どうぞ》お待ちなすって下せえまし」
長「何だ、退《の》け/\」
丹「お前さまは飛んだお方だアよ」
長「何が飛んだ人だ」
丹「成程証文は致しやしただけれども、人の頬辺《ほッぺた》を切るてえなア無《ね》え事です」
長「手前は何のために受人に成って、印形《いんぎょう》を捺《つ》いた」
丹「印形だって、是程に厳《やかま》しかアねえと思ったから、印形
前へ
次へ
全118ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング