はい、お番附のございますだけは大概片付けました」
作「うむ、皿は一応検めて仕舞わにゃならん、何かと御苦労で、嘸《さぞ》骨が折れたろう」
千「私《わたくし》は一生懸命でございました」
作「然《そ》うであったろう、此の通り三重の箱になってるが、是は中々得難い物だよ、何処《どこ》へ往ったって見られん、女で何も分るまいが、見て置くが宜《よ》い」
千「はい、誠に結構なお道具を拝見して有難い事で」
作「一応検めて見よう」
と眼鏡をかけて段々改めて、
作「あゝー先《ま》ず無事で安心を致した、是れは八年|前《ぜん》に是れだけ毀したのを金粉繕《ふんづくろ》いにして斯うやってある、併《しか》し残余《あと》は瑕物《きずもの》にしてはならんから、どうかちゃんと存《そん》して置きたい、是れだけ破《わ》った奴があって、不憫にはあったが、何うも許し難いから私《わし》は中指を切ろうと思ったが、それも不憫だから皆《みん》な無名指《くすりゆび》を切った」
千「怖い事でございます、私《わたくし》は此のお道具を扱いますとはら/\致します」
作「是れは無い皿だよ、野菊と云って野菊の色のように紫がゝってる処で此の名が有るのじゃ、種々《いろ/\》先祖からの書附もあるが、先ず無事で私《わし》も安心した」
と正直な堅い人ゆえ、検めて道具棚へ載せて置きました。すると長助が座敷の掛物を片附けて、道具棚の方へ廻って参《ま》いりました。
長「お父《とっ》さま」
作「残らず仕舞ったか」
長「お軸物は皆仕舞いました」
作「客は皆道具を誉めたろう」
長「大層誉めました、此の位の名幅《めいふく》を所持している者は、此の国にゃア領主にも有るまいとの評判で、お客振りも甚《ひど》く宜しゅうございました」
作「皆良い道具が見たいから来るんだ、只呼んだって来るものか、権式振《けんしきぶ》ってゝ、併し土産も至極宜かったな」
長「はい、お父様《とっさま》、あの皿を今一応お検めを願います、野菊と白菊と両様共《りょうようとも》お検めを願います」
作「彼《あれ》は先刻《さっき》検めました」
長「お検めでございましょうが、少し訝《おか》しい事が有りますと云うは棚の脇に蒟蒻糊《こんにゃくのり》が板の上に溶いて有って、粘っていますから、何だか案じられます、他の品でありませんから、今一応検めましょうかね、秋《あき》、お前たちは其方《そちら》へ往《い》きなさい、金造《きんぞう》、裏手の方を宜く掃除して置け、喜八《きはち》、此方《こちら》へ参らんようにして、最う大概蔵へ仕舞ったか、千代や」
千「はい/\はい」
長「先刻《さっき》お父《とっ》さんがお検めになったそうだが、彼《あ》の皿を此処《こゝ》へ持って来い」
千「はい、先刻《さっき》お検めになりました」
長「検めたが、一寸《ちょっと》気になるから今一応|私《わし》が検めると云うは、祝いは千年だが、お父さまのない後《のち》は家の重宝《じゅうほう》で、此の品は私が守護する大事な宝物《たからもの》だから、私も一応検めます」
千「大旦那さまがお検めになりまして、宜しい、少しも仔細ないと御意遊ばしましたのに、貴方何う云う事でお検めになります」
長「先程お父さまがお検めになっても、私《わし》は私で検めなければ気が済まん」
千「何う云う事で」
長「何う云う事なんてとぼけるな、千代|汝《てまえ》は皿を割ったの」
五
お千代は呆れて急に言葉も出ませんでしたが、
千「何うもまア思い掛けない事を仰しゃいます私《わたくし》は割りました覚えはございません、ちゃんと一々お検めになりまして、後《あと》は柔かい布巾で拭きまして、一々|彼《あ》の通り包みまして、大殿様へ御覧に入れました」
長「いや耄《とぼ》けるなそんなら如何《いかゞ》の理由《わけ》で棚に糊付板《のりつけいた》が有るのだ」
千「あれはお箱の蓋の棧が剥《と》れましたから、米搗《こめつき》の權六《ごんろく》殿へ頼みまして、急拵《きゅうごしら》えに竹篦《たけべら》を削って打ってくれましたの」
長「耄けるな、其様《そん》なことを云ったって役には立たん、巧《うま》く瞞《ごま》かそうたって、然《そ》うはいかんぞ、此方《こちら》は確《しか》と存じておる、これ千代、其の方が怪しいと認めが附いて居《お》ればこそ検めなければならんのだ早く箱を持って来い/\」
と云われてお千代はハッとばかりに驚きましたが、何ゆえ長助が斯様《こん》なことを云うのか分りませんでしたが、彼《あ》の通り検めたのを毀したと云うのは変だなと考えて、よう/\思い当りましたのは、先達《せんだっ》て愛想尽《あいそづか》しを云った恨みが、今になって出て来たのではないか、何事も無ければ宜《よ》いがと怖々《こわ/″\》にお千代が野菊白菊の入った箱を長助の眼の前へ差出しますと
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