、本当に私《わたくし》が思う心の丈《たけ》を云いましょうか」
長「聞きましょう」
千「それじゃア申しますが、屹度《きっと》、…身分も顧りみず大それた奴だと御立腹では困ります」
長「腹などは立たんからお云いよ、大それたとは思いません、小《しょう》それた位《ぐらい》に思います、云って下さい」
千「本当に貴方御立腹はございませんか」
長「立腹は致しません」
千「それなれば本当に申上げますが、私《わたくし》は貴方が忌《いや》なので……」
長「なに忌だ」
千「はい、私《わたくし》はどうも貴方が忌でございます、御主人さまを忌だなどと云っては済みませんけれども、真底私は貴方が忌でございます、只御主人さまでいらっしゃれば有難い若殿さまと思って居りますが、艶書《てがみ》をお贈り遊ばしたり、此の間から私にちょい/\御冗談を仰しゃることもあって、それから何うも私は貴方が忌になりました、どうも女房に成ろうという者の方で否《いや》では迚《とて》も添われるものじゃアございませんから、素《もと》より無い御縁とお諦め遊ばして、他《わき》から立派なお嫁をお迎えなすった方が宜しゅうございましょう、相当の御縁組でないと御相続の為になりませんから、確《しか》とお断り申しますよ」
長「誠にどうも……至極|道理《もっとも》……」
と少しの間は額へ筋が出て、顔色《がんしょく》が変って、唇をブル/\震わしながら、暫く長助が考えまして、
長「千代、至極|道理《もっとも》だ、最う千代/\と続けては呼ばんよ、一言《ひとこと》だよ、成程何うもえらい、賢女だ、成程どうも親孝心、誠に正しいものだ、心掛けと云い器量と云い、余り気に入ったから、つい迷いを起して此様《こん》な事を云い掛けて、誠に羞入《はじい》った、再び合す顔はないけれども、真に思ったから云ったんだよ、併《しか》しお前に然《そ》う云われたから諦めますよ確《しか》と断念しましたが、おまえ此のことを世間へ云ってくれちゃア困りますよ、私《わし》は親父に何様《どん》な目に遇うか知れない、堅い気象の人だから」
千「私《わたくし》は世間へ申す処《どころ》じゃア有りませんが、あなたの方で」
長[#「長」は底本では「千」]「私《わし》は決して云わんよ、云やア自ら恥辱《はじ》を流布するんだから云いませんが、あゝ……誠に愧入《はじい》った、此の通り汗が出ます、面目次第もない、何卒《どうぞ》堪忍して下さい」
千[#「千」は底本では「長」]「恐入ります、是れから前々《もと/\》通り主《しゅう》家来、矢張千代/\と重ねてお呼び遊ばしまして、お目をお掛け遊ばしまして……」
長「そう云う事を云うだけに私《わし》は誠に困りますなア」
千「誠に恐入ります、大旦那さまのお帰り遊ばしません内に、お酒の道具を隠しましょうか」
長「あゝ仕舞っておくれ/\」
千「はい」
とそれ/″\道具を片附けましたが、是れから長助が憤《おこ》ってお千代につれなく当るかと思いました処、情《つれ》なくも当りませんで、尚更宜く致しまして、彼《あ》の衣類は汚い、九月の節句も近いから、これを拵えて遣るが宜《い》いと、手当が宜いので、お千代もあゝーお諦めになったか、有難い事だ、あんな事さえないと結構な旦那様であると一生懸命に奉公を致しますから、作左衞門の気にも入られて居りました。月日流るゝが如くで、いよ/\九月の節句と成りました。粂野美作守の重役を七里先から呼ばんければなりません、九の字の付く客を二九十八人|招待《しょうだい》を致し、重陽《ちょうよう》を祝する吉例で、作左衞門は彼《か》の野菊白菊の皿を自慢で出して観《み》せます。美作守の御勘定奉行|九津見吉左衞門《くづみきちざえもん》を初め九里平馬《くりへいま》、戸村九右衞門《とむらくえもん》、秋元九兵衞《あきもとくへえ》其の他《ほか》御城下に加賀から九谷焼を開店した九谷正助《くたにしょうすけ》、菊橋九郎左衞門《きくはしくろうざえもん》、年寄役村方で九の字の附いた人を合せて十八人集めまして、結構な御馳走を致し、善い道具ばかり出して、頻《しき》りに自慢を致します事で、実に名器ばかりゆえ、客は頻りに誉めます。此の日道具係の千代は一生懸命に、何卒《どうぞ》無事に役を仕遂《しおお》せますようにと神仏に祈誓《きせい》を致して、皿の毀れんように気を附けましたから、麁相《そそう》もなく、彼《か》の皿だけは下《さが》ってまいります。自分は蔵前の六畳の座敷に居って、其処《そこ》に膳棚道具棚がありますから、口分《くちわけ》をして一生懸命に油汗を流して、心を用い働いて、無事に其の日のお客も済んで、翌日になりますと、作左衞門が、
作「千代」
千「はい」
作「昨日《きのう》は大きに御苦労であった、無事にお客も済んだから、今日は道具を検《あらた》めなければならん」
千「
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