此の息子さんに免じてお前さんも堪弁《かんべん》なさい、何日《いつ》までも仇《あだ》に思っていると却《かえ》ってお前さんの死んだ御家来さんの為にもならん、宜《い》いか、又御亭主は客に対して無礼をしたとか、道楽をして棄置《すておか》れん、親に苦労をかけて堪《たま》らんから殺しましたと云って尋常に八州へ名告《なの》って出なさい、なれども一人の子を私《わたくし》に殺すのは悪い事じゃから髪の毛を切って役所へ持って行《ゆ》けば、是には何か能々《よく/\》の訳があって殺したという廉《かど》で、お前さんに甚《ひど》く難儀もかゝるまいと思う、然《そ》うして出家を遂《と》げ、息子さんの為に四国西国を遍歴して、其の罪滅《つみほろぼ》しをせんければ、兎《と》ても尋常《なみ》の人に成れんぞ」
五「はい/\」
僧「是から陰徳を施し、善事を行うが肝心、今までの悪業を消すは陰徳を積むより他に道はないぞ」
五「有難うございます」
僧「あゝ何うも気の毒な事じゃなア、お嬢さん」
三十六
お竹は不思議な事と心の内で忠平の霊に回向をしながら、
竹「ま、私《わたくし》は助かりましたが、誠に思い掛けない事で」
僧「いや/\世間は無常のもので、実に夢幻泡沫で実《じつ》なきものと云って、実は真《まこと》に無いものじゃ、世の人は此の理《り》を識《し》らんによって諸々《もろ/\》の貪慾執心《どんよくしゅうしん》が深くなって名聞利養《みょうもんりよう》に心を焦《いら》って貪《むさぼ》らんとする、是らは只|今生《こんじょう》の事のみを慮《おもんぱか》り、旦暮《あけくれ》に妻子眷属《さいしけんぞく》衣食財宝にのみ心を尽して自ら病を求める、人には病は無いものじゃ、思う念慮《ねんりょ》が重なるによって胸に詰って来ると毛孔《けあな》が開《ひら》いて風邪を引くような事になる、人間|元来《もと》病なく、薬石《やくせき》尽《こと/″\》く無用、自ら病を求めて病が起《おこ》るのじゃ、其の病を自分手に拵《こしら》え、遂に煩悩という苦悩《なやみ》も出る、之《これ》を知らずに居って、今死ぬという間際の時に、あゝ悪いことをした、あゝせつない何う仕よう、此の苦痛を助かりたいと、始めて其の時に驚いて助からんと思っても、それは兎《と》ても何の甲斐もない事じゃ、此の理《り》を知らずして破戒|無慚《むざん》邪見《じゃけん》放逸《ほういつ》の者を人中《じんちゅう》の鬼畜といって、鬼の畜生という事じゃ、それ故に大梅和尚《たいばいおしょう》が馬祖大師《ばそだいし》に問うて如何《いか》なるか是《こ》れ仏、馬祖答えて即心即仏という、大梅が其の言下《ごんか》に大悟《だいご》したという、其の時に悟ったじゃ、此の世は実に仮のものじゃ、只|四縁《しえん》の和合しておるのだ、幾らお前が食物《たべもの》が欲しい著物《きもの》が欲しい、金が欲しい、斯ういう田地が欲しいと云った処が、ぴたりと息が絶えれば、何一つ持って行《ゆ》くことは出来やアしまい、四縁とは地水火風《ちすいかふう》、此の四つで自然に出来ておる身体じゃ、仮に四大(地水火風)が和合して出来て居《お》るものなれば、自分の身体も有りはせん、実は無いものじゃ、自然に是は斯うする物じゃという処へ心が附かんによって、我《わが》心があると思われ、我《わが》身体を愛し、自分に従うて来る人のみを可愛がって、宜《よ》う訪ねて来てくれたと悦び、自分に背《そむ》く者は憎い奴じゃ、彼奴《あいつ》はいかんと云うようになる、人を憎む悪い心が別にあるかというに、別にあるものでもない、即仏じゃ、親父が娘を殺して金子を奪《と》ろうとした時の心は実に此の上もないノ重悪人なれども、忽《たちま》ち輪回応報《りんえおうほう》して可愛い我子を殺し、あゝ悪い事をしたと悔悟《かいご》して出家になるも、即ち即心即仏じゃ、えゝ他人を自分の身体と二つあるものと思わずに、欲しい惜しいの念を棄てゝしまえば、争いもなければ憤《おこ》る事もない、自他の別を生ずるによって隔意《かくい》が出来る、隔意のある所から、物の争いが出来るものじゃ、先方《むこう》に金があるから取ってやろうとすると、先方《むこう》では私《わし》の物じゃから遣《や》らん用を勤めたら金を遣るぞ、勤めをして貰うのは当然《あたりまえ》だから、先方《さき》へくれろ、それを此方《こっちゃ》で只取ろうとする、先方《さき》では渡さんとする、是が大きゅうなると戦争《いくさ》じゃ、実に仏も心配なされて西方極楽世界阿弥陀仏を念じ、称名《しょうみょう》して感想を凝《こら》せば、臨終の時に必ず浄土へ往生すと説給《ときたま》えり、南無阿弥陀仏/\」
圓朝が此様《こん》なことを云ってもお賽銭《さいせん》には及びません、悪くすると投げる方があります。段々と有難い事を彼《か》の宗達と
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