てまだ七日も経《た》たん内に、仏へ対して其んな事の出来るものでもないじゃアないか」
早「うん、それは然《そ》うだね、七日の間は陰服《いんぷく》と云って田舎などではえら厳《やか》ましくって、蜻蛉一つ鳥一つ捕ることが出来ねえ訳だから、然ういう事がある」
竹「だからさ七日でも済めば、親御も得心のうえでお話になるまいものでもないから、今夜だけの処は帰っておくれ」
早「然《そ》うお前《まえ》が得心なれば帰る、田舎の女子《おなご》のように直《す》ぐ挨拶をする訳には往《い》くめえが、お前のように否《いや》だというから腹ア立っただい、そんなら七日が済んで、七日の晩げえに来るから、其の積りで得心して下さいよ」
 とにこ/\して、自分一人承知して帰ってしまいました。斯様《かよう》な始末ですからお竹は翌朝《よくあさ》立つことが出来ません、既に頼んで置いた舁夫《かごかき》も何も断って、荷物も他所《わき》へ隠してしまいました。主人の五平は、
五「お早うございます、お嬢さま、えゝ只今洪願寺の和尚様が前をお通りになりましたから、今日お立ちになると申しましたら、和尚様の言いなさるには、それは情《なさけ》ない事だ、遠い国へ来て、御兄弟だか御親類だか知らないが、死人を葬り放《ぱな》しにしてお立ちなさるのは情ない、せめて七日の逮夜《たいや》でも済ましてお立ちになったら宜《よ》かろうに、余りと云えば情ない、それでは仏も浮《うか》まれまいとおっしゃるから、私《わし》も気になってまいりました、長くいらっしゃったお客様だ、何は無くとも精進物で御膳でもこしらえ、へゝゝゝ、宅《うち》へ働きにまいります媼達《ばゞあたち》へお飯《まんま》ア喰わして、和尚様を呼んで、お経でも上げてお寺|参《めえ》りでもして、それから貴方《あなた》七日を済まして立って下されば、私《わたくし》も誠に快《こゝろよ》うございます、また貴方様も仏様のおためにもなりましょうから、どうか七日を済ましてお立ちを」
竹「成程|私《わたくし》も其の辺は少しも心附きませんでした、大きに左様で、それじゃア御厄介|序《ついで》に七日まで置いて下さいますか」
 というので七日の間泊ることになりました。他に用は無いから、毎日洪願寺へまいり、夜は回向《えこう》をしては寝ます。宵《よい》の中《うち》に早四郎が来て種々《いろ/\》なことをいう。忌《いや》だが仕方がないから欺《だま》かしては帰してしまう。七日まで/\と云い延べている中《うち》に早く六日経ちました。丁度六日目に美濃の南泉寺《なんせんじ》の末寺《まつじ》で、谷中の随応山《ずいおうざん》南泉寺の徒弟で、名を宗達《そうたつ》と申し、十六才の時に京都の東福寺《とうふくじ》へまいり、修業をして段々|行脚《あんぎゃ》をして、美濃路|辺《あたり》へ廻って帰って来たので、まだ年は三十四五にて色白にして大柄で、眉毛のふっさりと濃い、鼻筋の通りました品の好《よ》い、鼠無地に麻の衣を着、鼠の頭陀《ずだ》を掛け、白の甲掛脚半《こうがけきゃはん》、網代《あじろ》の深い三度笠を手に提げ、小さな鋼鉄《くろがね》の如意を持ちまして隣座敷へ泊った和尚様が、お湯に入り、夕飯《ゆうはん》を喰《た》べて夜《よ》に入《い》りますと、禅宗坊主だからちゃんと勤めだけの看経《かんきん》を致し、それから平生《へいぜい》信心をいたす神さまを拝んでいる。何と思ったかお竹は襖《ふすま》を開けて、
竹「御免なさいまし」
僧「はい、何方《どなた》じゃ」
竹「私《わたくし》はお相宿《あいやど》になりまして、直《じ》き隣に居りますが、あなた様は最前お著《つき》の御様子で」
僧「はい、お隣座敷へ泊ってな、坊主は経を誦《よ》むのが役で、お喧《やか》ましいことですが、夜更《よふけ》まで誦みはいたしません、貴方も先刻《さっき》から御回向をしていらっしったな」
竹「私《わたくし》は長らく泊って居りますが、供の者が死去《なくな》りまして、此の宿外《しゅくはず》れのお寺へ葬りました、今日《こんにち》は丁度七日の逮夜に当ります、幸いお泊り合せの御出家様をお見掛け申して御回向を願いたく存じます」
僧「はい/\、いや/\それはお気の毒な話ですな、うん/\成程此の宿屋に泊って居る中《うち》、煩《わずろ》うてお供さんが…おう/\それはお心細いことで、此の村方へ御送葬《ごそう/\》になりましたかえ、それは御看経《ごかんきん》をいたしましょう、お頼みはなくとも知ればいたす訳で、何処《どこ》へ参りますか」
竹「はい、こゝに机がありまして、戒名もございます」
僧「あゝ成程左様ならば」
 と是から衣を着換え、袈裟《けさ》を掛けて隣座敷へまいり、机の前へ直りますと、新しい位牌があります、白木の小さいので戒名が書いてあります。
僧「あゝ、是ですか、えゝ、むう八月廿四|日
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