ので、何か無駄書《むだがき》の流行唄《はやりうた》かと思いましたから、丸めて打棄《うっちゃ》ってしまいました」
早「あれ駄目だね、流行唄じゃアねえ、尽《づく》しもんだよ、艶書《いろぶみ》だよ、丸めて打棄っては仕様がねえ、人が種々《いろ/\》丹誠したのによ」
と大きに失望をいたして欝《ふさ》いでいます。
三十四
お竹は漸々《よう/\》に其の様子を察して、可笑《おか》しゅうは思いましたが、また気の毒でもありますからにっこり笑って、
竹「それは誠にお気の毒な事をしましたね」
早「お気の毒ったって、まア困ったな、どうも私《わし》はな……実アな、まア貴方《あんた》も斯うやって独身《ひとり》で跡へ残って淋《さび》しかろうと思い私も独身《ひとりみ》でいるもんだから、友達が汝《われ》え早く女房を貰ったら宜《よ》かろうなんてって嬲《なぶ》られるだ、それに就《つ》いては彼《あ》の優気《やさしげ》なお嬢さんは、身寄頼りもねえ人だから、病人が死なば己《おら》がの女房に貰いてえと友達に喋《しゃべ》っただ、馬十《ばじゅう》てえ奴と久藏てえ奴が、ぱっ/\と此れを方々《ほう/″\》へ触れたんだから、忽《たちま》ち宿中《しゅくじゅう》へ広まっただね」
竹「そんな事お前さん云立《いいた》てをしておくれじゃア誠に困ります」
早「困るたって私《わし》もしたくねえが、冗談を云ったのが広まったのだから、今じゃア是非ともお前《めえ》さんを私の女房にしねえば、世間へ対《てえ》して顔向が出来ねえから、友達に話をしたら、親父が厳《やか》ましくって仕様がねえけんども、貴方《あんた》と己《おれ》と怪《おか》しな仲になっちまえば、友達が何うでも話をして、親父に得心のうさせる、どうせ親父は年い老《と》ってるから先へおっ死《ち》んでしまう、然《そ》うすれば此の家《うち》は皆《みんな》己のもんだ、貴方が私の女房に成ってくれゝば、誠に嬉しいだが、今夜同志に此の座敷で眠《ねぶ》っても宜《よ》かんべえ」
竹「怪《け》しからん事をお云いだね、お前はま私を何だとお思いだ、優しいことを云っていれば好《い》い気になって、お前私が此処《こゝ》へ泊っていれば、家《うち》の客じゃアないか、其の客に対して宿屋の忰が然《そ》んな無礼なことを云って済みますか、浪人して今は見る影もない尾羽打枯《おはうちから》した身の上でも、お前たちのようなはしたない下郎《げろう》を亭主に持つような身の上ではありません、無礼なことをお云いでない、彼方《あっち》へ行きなさい」
早「魂消《たまげ》たね……下郎え……此の狸女《たぬきあま》め……そんだら宜《え》え、そうお前の方で云やア是まで親父の眼顔《めかお》を忍んで銭を使って、お前《めえ》の死んだ仏の事を丹誠した、また尽《つく》しものを書いて貰うにも四百《しひゃく》と五百の銭を持ってって書いて貰ったわけだ、それを下郎だ、身分が違うと云えば、私《わし》も是までになって、あんたに其んなことを云われゝば友達へ顔向が出来ねえから、意気張《いきはり》ずくになりゃア敵《かたき》同志だ、可愛さ余って憎さが百倍、お前の帰《けえ》りを待伏《まちぶせ》して、跡を追《おっ》かけて鉄砲で打殺《ぶッころ》す気になった時には、とても仕様がねえ、然《そ》うなったら是までの命だと諦めてくんろ」
竹「あらまア、そんな事を云って困るじゃアないか、敵同志だの鉄砲で打《う》つのと云って」
早「私《わし》は下郎さ、お前《まえ》はお侍《さむれえ》の娘《むすめ》だろう、併《しか》し然《そ》う口穢《くちぎたな》く云われゝば、私だって快くねえから、遺恨に思ってお前《めえ》を鉄砲で打殺《ぶちころ》す心になったら何うするだえ」
竹「困るね、だけども私はお前に身を任せる事は何うしても出来ない身分だもの」
早「出来ないたって、病人が死んでしまえば便りのない者で困るというから、家《うち》へ置くべいと思って、人に話をしたのが始まりだよ、どうも話が出来ねえば出来ねえで宜《え》いから覚悟をしろ、親父が厳《やか》ましくって家《うち》にいたって駄目だから、やるだけの事をやっちまう、棒鼻《ぼうばな》あたりへ待伏せて鉄砲で打《ぶ》ってしまうから然《そ》う思いなせえ」
竹「まアお待ちなさい」
と止めましたのは、此様《こん》な馬鹿な奴に遇《あ》っては仕様がない、鉄砲で打《う》ちかねない奴なれど、斯《かゝ》る下郎に身を任せる事は勿論出来ず、併《しか》し世に馬鹿程怖い者はありませんから、是は欺《だま》すに若《し》くはない、今の中《うち》は心を宥《なだ》めて、ほとぼりの脱《ぬ》けた時分に立とうと心を決しました。
竹「あの斯うしておくれな私のようなものをそれ程思ってくれて、誠に嬉しいけれども、考えても御覧、たとえ家来でも、あゝやって死去《なくな》っ
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