お死去《かくれ》になってあなた一人残り、一人旅は極《ごく》厳《やか》ましゅうございまして、え、横川《よこかわ》の関所の所《とこ》も貴方はお手形が有りましょう、越えて入らっしゃいましたから、私どもでも安心はして居りますが、何しろ御病気の中だから、毎朝宿賃を頂戴いたす筈ですが、それも御遠慮申して、医者の薬礼お買物の立替え、何や彼《か》やの御勘定《ごかんじょう》が余程|溜《たま》って居ります、それも長旅の事で、無いと仰しゃれば仕方が無いから、へえと云うだけの事で、宿屋も一晩泊れば安いもので、長く泊れば此んな高いものはありません、就《つい》ては一国なことを申すようですが、泊って入らっしゃるよりお立ちになった方がお徳だろうし、私も其の方が仕合せで、どうか一先《ひとま》ず立って戴きたいもので」
竹「はい、私《わたくし》はさっぱり何事も家来どもに任して置きました内に病気附きましたので、つい宿賃も差上げることを失念致した理由《わけ》でもございませんが、病人にかまけて大きに遅うなりました、嘸《さぞ》かし御心配で、胡乱《うろん》の者と思召《おぼしめ》すかは知りませんが、宿賃ぐらいな金子は有るかも知れません、直《じき》に出立いたしますから、早々|御勘定《ごかんじょう》をして下さい、何《ど》の位あれば宜《よ》いか取って下さいまし」
とお屋敷育ちで可なりの高を取りました人のお嬢さんで、宿屋の亭主|風情《ふぜい》に見くびられたと思っての腹立ちか、懐中からずる/″\と納戸縮緬《なんどちりめん》の少し汚れた胴巻を取出し、汚れた紙に包んだ塊《かたまり》を見ると、おおよそ七八十両も有りはしないかと思うくらいな大きさだから、五平は驚きました。泊った時の身装《みなり》も余り好《よ》くなし、さして、着換《きがえ》の着物もないようでありました、是れは忠平が、年のいかない娘を連れて歩くのだから、目立たんように態《わざ》と汚れた衣類に致しまして、旅※[#「宀/婁」、347−6]《たびやつ》れの姿で、町人|体《てい》にして泊り込みましたので、五平は案外ですから驚きました。
竹「どうか此の位あれば大概払いは出来ようかと思いますが、書付を持って来て下さい」
と云われたので、流石《さすが》の五平も少し気の毒になりましたが、
五「はい/\、えゝ、お嬢さま、誠に私《わたくし》はどうも申訳のない事をいたしました、あなた御立腹でございましょうが、あなたを私が見くびった訳でもなんでもない、実はその貴方にお費《かゝ》りのかゝらんように種々《いろ/\》と心配致しまして、馬子や舁夫《かごかき》を雇いましても宿屋の方で値切って、なるたけ廉《やす》くいたさせるのが宿屋の亭主の当然《あたりまえ》でへえ見下げたと思召《おぼしめ》しては恐入ります、只今御勘定を致します、へい/\どうぞ御免なすって」
と帳場へまいりまして、
五「あゝ大層|金子《かね》を持っている、彼《あれ》は何者か知らん」
と暫《しばら》くお竹の身の上を考えて居りましたが、別に考えも附きません。医者の薬礼から旅籠料、何や彼《か》やを残らず書付にいたして持って来ましたが、一ヶ月居ったところで僅かな事でございます。お竹は例の胴巻から金を出して勘定をいたし、そこ/\手廻りを取片附け、明日《あす》は早く立とうと舁夫《かごや》や何かを頼んで置きました。其の晩にそっと例の早四郎が忍んで来まして、
早「お客さん……お客さん……眠《ねぶ》ったかね、お客さん眠ったかね」
竹「はい、何方《どなた》」
早「へえ私《わし》でがすよ」
竹「おや/\御子息さん、さ此方《こちら》へ……まだ眠《ねむ》りはいたしませんが、蚊帳《かや》の中へ入りましたよ」
早「えゝ嘸《さぞ》まア力に思う人がおっ死《ち》んで、あんたは淋《さみ》しかろうと思ってね、私《わし》も誠に案じられて心配《しんぺえ》してえますよ」
竹「段々お前さんのお世話になって、何《なん》ぞお礼がしたいと思ってもお礼をする事も出来ません」
早「先刻《さっき》親父が処《とけ》え貴方《あんた》が金え包んで種々《いろ/\》厄介になってるからって、別に私《わし》が方へも金をくれたが、そんなに心配《しんぺい》しねえでも宜《え》え、何も金が貰いてえって世話アしたんでねえから」
竹「それはお前の御親切は存じて居ります誠に有難う」
早「あのー昨夜《よんべ》ねえ、私《わし》が貴方《あんた》の袂《たもと》の中へ打投《ぶっぽ》り込んだものを貴方|披《ひら》いて見たかねえ」
竹「何を…お前さんが…」
早「あんたの袂の中《なけ》へ書《け》えたものを私《わし》が投《ほう》り込んだ事があるだ」
竹「何様《どん》な書いたもの」
早「何様《どんな》たって、丹誠して心のたけを書いただが、あんたの袂に書いたものが有ったんべい」
竹「私は少しも知らない
前へ
次へ
全118ページ中73ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング