》るのよ」
久「然《そ》うよ、己《おら》がやったっけ、何か己《おれ》え……然うさ通常《たゞ》の文をやっても、これ面白くねえから、何か尽《づく》し文《もん》でやりてえもんだなア」
早「尽し文てえのは」
久「尽しもんてえのは、ま花の時なれば花尽しよ、それからま山尽しだとか、獣類尽《けだものづく》しだとかいう尽しもんで贈《や》りてえなア」
早「それア宜《え》いな、何ういう塩梅《あんべい》に」
久「今時だから何《どう》だえ虫尽しか何《なん》かでやれば宜《え》いな」
早「一つ拵《こしれ》えてくんろよ」
久「紙があるけえ」
早「紙は持っている」
久「其処《そこ》に帳面を付ける矢立の巨《でけ》えのがあるから、茶でも打《ぶ》っ垂《たら》して書けよ、まだ茶ア汲んで上げねえが、其処に茶碗があるから勝手に汲んで飲めよ、虫尽しだな、その女子《おなご》が此の文《ふみ》を見て、あゝ斯ういう文句を拵《こしら》える人かえ、それじゃアと惚れるように書かねえばなんねえな」
早「だから何ういう塩梅《あんべい》だ」
久「ま其処へ一つ覚《おぼえ》と書け」
早「覚……おかしいな」
久「おかしい事があるものか、覚えさせるのだから、一つ虫尽しにて書記《かきしる》し※[#「まいらせそろ」の草書体、344−6]《まいらせそろ》よ」
早「一《ひとつ》虫尽しにて書記《かきしる》し※[#「まいらせそろ」の草書体、344−6]」
久「えゝ女子《おんな》の綺麗《きれえ》な所を見せなくちゃアなんねえ……綺麗な虫は……ア玉虫が宜《え》い、女の美しいのを女郎屋《じょろや》などでは好《い》い玉だてえから、玉虫のようなお前様を一《ひ》と目見るより、いなご、ばったではないが、飛《とび》っかえるほどに思い候《そうろう》と書け」
早「成程いなご、ばったではないが、飛っかえるように思い候《そろ》」
久「親父の厳《やかま》しいところを入れてえな、親父はガチャ/″\虫にてやかましく、と」
早「成程……やかましく」
久「お前の傍《そば》に芋虫のごろ/″\してはいられねえが、えゝ……簑虫《みのむし》を着《き》草鞋虫《わらじむし》を穿《は》き、と」
早「何の事だえ」
久「汝《われ》が野らへ行く時にア、簑を着たり草鞋を穿いたりするだから」
早「成程……草鞋虫を穿きい」
久「かまぎっちょを腰に差し、野らへ出てもお前様の事は片時忘れるしま蛇もなく」
早「成程……しま蛇もなく」
久「えゝ、お前様の姿が赤蜻蛉《あかとんぼ》の眼の先へちら/\いたし候《そろ》」
早「何ういう訳だ」
久「蜻蛉《とんぼう》の出る時分に野良《のら》へ出て見ろ、赤蜻蛉《あかとんぼ》が彼方《あっち》へ往《い》ったり此方《こっち》へ往ったり、目まぐらしくって歩けねえからよ」
早「成程……ちら/\いたし候《そろ》」
久「えゝと、待てよ……お前と夫婦《みょうと》になるなれば、私《わし》は表で馬追《むまお》い虫、お前は内で機織虫《はたおりむし》よ」
早「成程……私《わし》は馬《うま》を曳《ひ》いて、女子《おなご》が機を織るだな」

久「えゝ…股へ蛭《ひる》の吸付いたと同様お前の側を離れ申さず候《そろ》、と情合《じょうあい》だから書けよ」
早「成程……お前の側を離れ申さず候《そろ》か、成程情合だね」
久「えゝ、虻《あぶ》蚊|馬蠅《むまばえ》屁放虫《へっぴりむし》」
早「虻蚊馬蠅屁放虫」
久「取着かれたら因果、晩げえ私《わし》を松虫なら」
早「……晩げえ私《わし》を松虫なら」
久「藪蚊《やぶか》のように寝床まで飛んでめえり」
早「藪蚊のように寝床まで飛んでめえり」
久「直様《すぐさま》思いのうおっ晴《ぱら》し候《そろ》、巴蛇《あおだいしょう》の長文句|蠅々《はい/\》※[#かしく」の草書体、345−9]」
早「成程|是《こ》りゃア宜《え》いなア」
久「是《これ》じゃア屹度《きっと》女子《おなご》がお前《めえ》に惚れるだ、これを知れねえように袂《たもと》の中へでも投《ほう》り込むだよ」
 と云われ、早四郎は馬鹿な奴ですから、右の手紙を書いて貰って宅《うち》へ帰り、そっとお竹の袂へ投込《なげこ》んで置きましたが、開けて見たって色文《いろぶみ》と思う気遣《きづか》いはない。翌朝《よくあさ》になりますと宿屋の主人《あるじ》が、
五「お早うございます」
竹「はい、昨夜は段々有難う」
五「えゝ段々お疲れさま……続いてお淋しい事でございましょう」
竹「有難う」
五「えゝ、お嬢さん、誠に一国《いっこく》な事を申すようですが、私《わたくし》は一体斯ういう正直な性質《うまれつき》で、私どもはこれ本陣だとか脇本陣だとか名の有る宿屋ではございませんで、ほんの木賃宿の毛の生えた半旅籠同様で、あなた方が泊ったところが、さしてお荷物も無し、お連の男衆は御亭主かお兄様《あにいさま》か存じませんが、
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