直《すぐ》にずる/\べったりに嫁っ子に来《き》ようかと思う、彼《あれ》を貰ってくんねえか父《ちゃん》」
五「馬鹿野郎、だから仕様がねえと云うのだ、これ、父《ちゃん》はな、江戸の深川で生れて、腹一杯《はらいっぺえ》悪い事をして喰詰《くいつ》めっちまい、甲州へ行って、何うやら斯うやら金が出来る様になったが、詰り悪い足が有ったんで、此処《こゝ》へ逃げて来た時に、縁があって手前《てめえ》の死んだ母親《おふくろ》と夫婦になって、手前と云う子も出来て、甲州屋という、ま看板を掛けて半旅籠《はんはたご》木賃宿《きちんやど》同様な事をして、何うやら斯うやら暮している事は皆《みん》なも知っている、手前は此方《こっち》で生立《おいた》って何も世間の事は知らねえが、家《うち》に財産《かね》は無くとも、旅籠という看板で是だけの構えをしているから、それ程貧乏だと思う人はねえ何処《どっ》から嫁を貰っても箪笥《たんす》の一個《ひとつ》や長持の一棹《ひとさお》ぐらい附属《くッつ》いて来る、器量の悪いのを貰えば田地《でんじ》ぐらい持って来るのは当然《あたりまえ》だ、面《つら》がのっぺりくっぺりして居るったって、あんな素性《わけ》も分らねえ者を無闇に引張込《ひっぱりこ》んでしまって何うするだ、医者様の薬礼まで己が負《しょ》わなければなんねえ」
早「それは然《そ》うよ、それは然うだけれど、他家《ほか》から嫁子《よめっこ》を貰やア田地が附いて来る、金が附いて来るたって、ま宅《うち》へ呼ばって、後《あと》で己が気に適《い》らねえば仕様がねえ訳だ、だから己が気に適《あ》ったのを貰やア家《うち》も治まって行くと、夫婦仲せえ宜《よ》くば宜《い》いじゃアねえか、貰ってくんろよ」
五「何を馬鹿アいう手前《てめえ》が近頃|種々《いろ/\》な物を買って詰らねえ無駄銭《むだぜに》を使うと思った、あんな者が貰えるか」
早「何もそんなに腹ア立てねえでも宜《い》い相談|打《ぶ》つだ」
五「相談だって手前《てめえ》は二十四五にも成りやアがって、ぶら/\遊《あす》んでて、親の脛《すね》ばかり咬《かじ》っていやアがる、親の脛を咬っている内は親の自由だ、手前の勝手に気に適《い》った女が貰えるか」
早「何ぞというと脛え咬る/\てえが、父《ちゃん》の脛ばかりは咬っていねえ、是でもお客がえら有れば種々《いろん》な手伝をして、洗足《すゝぎ》持ってこ、草鞋《わらじ》を脱がして、汚《きたね》え物を手に受けて、湯う沸《わか》して脊中を流してやったり、皆《みんな》家《うち》の為と思ってしているだ、脛咬りだ/\てえのは止《よ》してくんろえ」
五「えゝい喧《やかま》しいやい」
 と流石《さすが》に鶴の一声《ひとこえ》で早四郎も黙ってしまいました。此の甲州屋には始終|極《きま》った奉公人と申す者は居りません、其の晩の都合によって、客が多ければ村の婆さんだの、宿外《しゅくはず》れの女などを雇います。七十ばかりになる腰の曲った婆さんが
婆「はい、御免なせえまし」
五「おい婆さん大きに御苦労よ、お前《まえ》又晩に来てくんろよ、客の泊りも無いが、又晩には遊《あす》んで居るだろうから、ま来なよ」
婆「はい、あの只今ね彼処《あすこ》のそれ二人連《ふたりづれ》の病人の処《とこ》へめえりました」
五「おゝ、お前《めえ》が行ってくれねえと、先方《むこう》でも困るんだ」
婆「それが年のいかない娘子《あまっこ》一人で看病するだから、病人は男だし、手水《ちょうず》に行くたって大騒ぎで、誠に可愛想でがんすが、只《たっ》た今おっ死《ち》にましたよ」
五「え、死んだと……困ったなアそれ見ろ、だから云わねえ事じゃアねえ、何様《どん》な様子だ」
婆「何様《どんな》にも何《なん》にも娘子《あまっこ》が声をあげて泣いてるだよ、あんた余《あんま》り泣きなすって身体へ障《さわ》るとなんねえから、泣かねえが宜《よ》うがんすよ、諦めねえば仕様がねえと云うと、私《わし》は彼《あれ》に死なれると、年もいかないで往《ゆ》く処も無《な》え、誠に心細うがんす、あゝ何うすべいと泣くだね、誠に気の毒な訳で」
五「はアー困ったもんだな」
早「私《わし》え、ちょっくら行って来よう」
五「なに手前《てめえ》は行かなくっても宜《え》い」
早「行かなくっても宜《え》いたって、悔《くや》みぐらいに行ったって宜《よ》かんべい」
五「えゝい、何ぞというと彼《あ》の娘の処《とこ》へ計《ばか》り行《ゆ》きたがりやアがる、勝手にしろ」
 と大《おお》かすでございましたから早四郎は頬を膨《ふく》らせて起《た》って行《ゆ》く。五平は直《たゞち》にお竹の座敷へ参りまして。
五「はい、御免下せえ」
 と破れ障子を開けて縁側から声を掛けます。
竹「此方《こっち》へお入《はい》んなさいまし、おや/\宿《やど》の御
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