はございませんから、どうぞもお薬も服《の》まして下さいますな、もう二三|日《ち》の内にむずかしいかと思います」
竹「お前そんなことを云っておくれじゃア私が困るじゃアないか、祖五郎はお国へ行《ゆ》き、喜六は死に、お前より他に頼みに思う者はなし、一人《ひとり》ではお屋敷へ帰ることも出来ず、江戸へ行ってもお屋敷|近《ぢか》い処へ落着けない身の上になって、お前を私は家来とは思わない、伯父とも親とも力に思う其のお前に死なれ、私一人|此処《こゝ》に残ってはお前何うする事も出来ませんよ」
忠「有難う……勿体ないお言葉でございます、僅《わず》か御奉公致しまして、何程の勤めも致しませんのに、家来の私《わたくし》を親とも伯父とも思うという其のお言葉は、唯今目を眠りまして冥土へ参るにも好《よ》い土産でございます、併《しか》し以前《もと》とちがって御零落なすって、今斯う云うお身の上におなり遊ばしたかと存じますと、私は貴方のお身の上が案じられます、どうぞ私の亡《な》い後《のち》は、他に入《いら》っしゃる所《とこ》もございません故、昨夜《ゆうべ》貴方が御看病疲れで能《よ》く眠っていらっしゃる内に、私が認《か》いて置きました手紙が此処《こゝ》にございます、親父は無筆でございますから、仮名で細かに書いて置きましたから、あなたが江戸へ入らっしゃいまして、春木町の私の家《うち》へ行って、親父にお会いなさいましたら、親父が貴方だけの事はどうかまア年は老《と》っても達者な奴でございますから、お力になろうと存じます、此処から私が死ぬと云う手紙を出しますと、驚いて飛んで来ると云うような奴ゆえ、却《かえ》って親父に知らせない方が宜《よ》いと存じますから、何卒《どうぞ》お嬢さん、はッはッ、私が死にましたら此処の寺へ投込みになすって道中も物騒《ぶっそう》でございますから、お気をお付けなすって、あなたは江戸へ入《いら》っしゃいまして親父の岩吉にお頼みなすって下さいまし」
竹「あい、それやア承知をしましたが、もし其様《そん》なことでもあると私はまア何うしたら宜かろう、お前が死んでは何うする事も出来ませんよ、何うか癒《なお》るようにね、病は気だというから、忠平|確《しっ》かりしておくれよ」
忠「いえ何うも此度《こんど》はむずかしゅうございます」
と是が主従《しゅうじゅう》の別れと思いましたからお竹の手を執《と》って、
忠「長らく御恩になりました」
と見上げる眼に泪《なみだ》を溜《た》めて居りますから、耐《こら》えかねてお竹も、
竹「わア」
と枕元へ泣伏しました。此の家《うち》の息子が誠に親切に時々|諸方《ほう/″\》へ往《い》っちゃア、旨い物と云って田舎の事だから碌な物もありませんが、喰物《くいもの》を見附けて来ては病人に遣《や》ります。宿屋の親父は五平《ごへい》と云って、年五十九で、江戸を喰詰《くいつ》め、甲州あたりへ行って放蕩《ばか》をやった人間でございます。忰《せがれ》は此の地で生立《おいたっ》た者ゆえ質朴なところがあります。
忰「父《とっ》さま、今帰ったよ」
五「何処《どこ》へ行ってた」
忰「なに医者の処へ薬を取りに行って聞いたが、医者|殿《どん》が彼《あ》の病人はむずかしいと云っただ」
五「困ったのう、二人旅だから泊めたけれども、男の方は亭主だか何だか分らねえが、彼《あれ》がお前《めえ》死んでしまえば、跡へ残るのは彼《あ》の小娘だ、長《なげ》え間これ泊めて置いたから、病人の中へ宿賃の催促もされねえから、仕方なしに遠慮していたけんど、医者様の薬礼《やくれい》から宿賃や何かまで、彼《あ》の男が亡くなってしまった日にゃア、誠に困る、身ぐるみ脱《ぬい》だって、碌な荷物も無《ね》えようだから、宿賃の出所《でどこ》があるめえと思って、誠に心配《しんぷえ》だ、とんだ厄介者に泊られて、死なれちゃア困るなア」
忰「それに就《つい》て父《ちゃん》に相談|打《ぶ》とうと思っていたが、私《わし》だって今年二十五に成るで、何日《いつ》まで早四郎《はやしろう》独身《ひとり》で居ては宜くねえ何様《どんな》者でも破鍋《われなべ》に綴葢《とじぶた》というから、早く女房を持てと友達が云ってくれるだ、乃《そこ》で女房を貰おうと思うが、媒妁《なこうど》が入って他家《ほか》から娘子《あまっこ》を貰うというと、事が臆劫《おっくう》になっていかねえから、段々話い聞けば、あの男が死んでしまうと、私《わし》は年が行かないで頼る処もない身の上だ、浪人者で誠に心細いだと云っちゃア、彼《あ》の娘子が泣くだね」
五「浪人者だと…うん」
早「どうせ何処《どっ》から貰うのも同じ事だから、彼《あ》の男がおっ死《ち》んだら、彼の娘を私《わし》の女房に貰《もれ》えてえだ、裸じゃアあろうけれども、他人頼《ひとだの》みの世話がねえので、
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