存じます、是は貴方一人でも拙者一人でもならんから、両人でまいり、御城代へお話をして御意ゥを伺おうと存じますが如何《いかゞ》でござる」
と段々云われると、予《かね》て神原や松蔭はお妾腹附《めかけばらづき》で、どうも心懸《こゝろがけ》が善《よ》くない奴と、父も頻《しき》りに心配いたしていたが、成程|然《そ》うかも知れぬ、それでは棄置かれんと、それから二人が手紙を志す方《かた》へ送りました。祖五郎は又信州上田在中の条にいる姉の許《もと》へも手紙を送る。一度お国表《くにおもて》へ行って来るとのみ認《したゝ》め、別段細かい事は書きません。さて両人は美作の国を指して発足《ほっそく》いたしました。此方《こちら》は入違《いりちが》って祖五郎の跡を追掛《おいか》けて、姉のお竹が忠平を連れてまいるという、行違《ゆきちが》いに相成り、お竹が大難《だいなん》に出合いまするお話に移ります。
三十二
祖五郎は前席《ぜんせき》に述べました通り、春部梅三郎を親の敵《かたき》と思い詰めた疑いが晴れたのみならず、悪者《わるもの》の密書の意味で、略《ほ》ぼお家を押領《おうりょう》するものが有るに相違ないと分り、私《わたくし》の遺恨どころでない、実に主家《しゅうか》の大事だから、早くお国表へまいろうと云うので、急に二人《ふたり》梅三郎と共にお国へ出立いたしましたが、其の時姉のお竹の方へは、これ/\で梅三郎は全く父を殺害《せつがい》いたしたものではない、お屋敷の一大事があって、細かい事は申上げられんが、一度お国表へまいり、家老に面会して、どうかお家《うち》の安堵《あんど》になるようと、梅三郎も同道してお国表へ出立致しますが、事さえ極《きま》れば遠からず帰宅いたします、それまで落着いて中の条に待っていて下さい、必らずお案じ下さらぬようにとの手紙がまいりました。なれどもお竹は案じられる事で、
竹「何卒《どうぞ》して弟《おとゝ》に会いたい、年歯《としは》もいかない事であるから、また梅三郎に欺《あざむ》かれて、途中で不慮の事でも有ってはならん」
と種々《いろ/\》心配いたしても、病中でございますから立つことも出来ず、忠平に介抱されまして、段々と月日が経《た》つばかり、其の内に病気も全快いたしましたが其の後《のち》国表から一度便りがござりまして、秋までには帰る事になるから、落着いて居てくれという文面ではありますが、其の内に六月も過ぎて七月になりました時に、身体も達者になり、こんな山の中に居たくもない、江戸へ帰って出入《でいり》町人の世話に成りたい、忠平の親父も案じているであろうから、岩吉の処へ行って厄介になりたいと、常々喜六という家来に云って居りました。然《しか》るに此の喜六が亡《な》くなった跡は、親戚《みより》ばかりで、別に恩を被《き》せた人ではないから、気詰りで中の条にも居《い》られませんので、忠平と相談して中の条を出立し、追分《おいわけ》沓掛《くつがけ》軽井沢《かるいざわ》碓氷《うすい》の峠も漸《ようや》く越して、松枝《まつえだ》の宿《しゅく》に泊りました、其の頃お大名のお着きがございますと、いゝ宿屋は充満《いっぱい》でございます。お大名がお一方《ひとかた》もお泊りが有りますと、小さい宿屋まで塞《ふさ》がるようなことで、お竹は甲州屋《こうしゅうや》という小さい宿屋へ泊りまして、翌朝《あくるあさ》立とうと思いますと、大雨で立つことも出来ず、其の内追々山水が出たので、道も悪し、板鼻《いたはな》の渡船《わたし》も止り、其の他《ほか》何処《どこ》の渡船も止ったろうと云われ、仕方がなしに足を止めて居ります内に、心配致すのはいかんもので、船上忠平が風を引いたと云って寝たのが始りで、終《つい》に病が重くなりまして、どっと寝るような事になりました。お医者と云っても良いのはございません、開《ひら》けん時分の事で、此の宿《しゅく》では第一等の医者だというのを宿《やど》の主人《あるじ》が頼んでくれましたが、まるで虚空蔵様《こくうぞうさま》の化物《ばけもの》見たようなお医者さまで、脉《みゃく》を診《と》って薬と云っても、漢家《かんか》の事だから、草をむしったような誠に効能《きゝめ》の薄いようなものを呑ませる中《うち》に、終《つい》に息も絶え/″\になり、八月|上旬《はじめ》には声も嗄《しゃが》れて思うように口も利けんようになりました。親の仇《あだ》でも討とうという志のお竹でありますから、家来にも甚《はなは》だ慈悲のあることで、
竹「あの忠平や」
忠「はい」
竹「お薬の二番が出来たから、お前我慢して嫌でもお服《た》べ、確《しっ》かりして居ておくれでないと困るよ」
忠「有難う存じますが、お嬢様|私《わたくし》の病気も此の度《たび》は死病と自分も諦めました、とても御丹誠の甲斐
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