亭主さん」
五「はい、只今婆アから承わりまして、誠に恟《びっく》りいたしましたが、お連《つれ》さまは御丹誠甲斐もない事で、お死去《かくれ》になりましたと申す事で」
竹「有難う、長い間|種々《いろ/\》お世話になりました、殊《こと》に御子息が朝晩見舞っておくれで、親切にして下さるから何ぞお礼をしたいと思って居ります、病人も誠に真実なお方だと悦んで居りました、私《わたくし》も丹誠が届くならばと思いましたが、定まる命数《めいすう》でございまする、只今亡くなりまして、誠に不憫《ふびん》な事を致しました」
五「いやどうも、嘸《さぞ》お力落しでございましょう、誠にお気の毒な事でございます、時に、あゝそれでもって伺いますが、お死去《なくな》りなすった此の死骸は、江戸へおいでなさるにしても、信州へお送りになるにしても、死骸を脊負《しょ》って行く訳にもいかないから此の村へ葬るより他に仕方はございますまいが、火葬にでもなすって、骨を持って入らっしゃいますか、其の辺の処を伺って置きたいもので」
竹「はい、何処《どこ》と云って知己《しるべ》もございませんから、どうか火葬にして此の村へ葬り、骨《こつ》だけを持ってまいりとう存じますが、御覧の通り是からは私《わたくし》一人でございますから、何かと世話のないように髪の毛だけでも江戸の親元へ参れば宜しゅうございますから、殊《こと》に当人は火葬でも土葬でも宜《よ》いと遺言をして死去《なくな》りましたから、どうぞ御近処《ごきんじょ》のお寺へお葬り下さるように願いたいもので」
五「左様でございますか、お泊り掛《がけ》のお方で、何処《どこ》の何《なん》という確《しっ》かりとした何か証《しょう》がないと、お寺も中々|厳《やかま》しくって請取《うけと》りませんが、私《わたくし》どもの親類か縁類《えんるい》の人が此方《こっち》へ来て、死んだような話にして、どうか頼んで見ましょう」
と此の話の中《うち》にいつか忰の早四郎が後《うしろ》へまいりまして、
早「なに然《そ》うしねえでも宜《え》い、此の裏手の洪願寺《こうがんじ》さまの和尚様は心安くするから頼んで上げよう、まことに手軽な和尚様で、中々道楽坊主だよ、以前《もと》は叩鉦《ちゃんぎり》を叩いて飴を売ってた道楽者さ、銭が無ければ宜《え》い、たゞ埋めて遣《や》んべえなどゝいう捌《さば》けた坊様だ、其の代りお経なんどは読めねえ様子だが、銭金《ぜにかね》の少しぐれえ入《い》るような事があって困るなら、沢山はねえが些《ちっ》とべいなら己が出して遣るべえ」
五「何だ、これ、お客様に失礼な、お前《まえ》がお客さまに金を出して上げるとは何だ、そんな馬鹿な事をいうな」
早「父《ちゃん》は何ぞというと小言をいうが、無ければ出してくれべえと云うだから宜《よ》かっぺえじゃアねえか」
五「其様《そん》な事ア何うでも宜《い》いから、早く洪願寺へ行って願って来い」
是から息子がお寺へ行って和尚に頼みました。早速得心でございますから、急に人を頼んで、早四郎も手伝って穴を掘り、真実にくれ/\働いて居ります。丁度其の晩の事でございますが、宿屋の主人《あるじ》が、
五「へえ娘《ねえ》さん、えゝ今晩の内にお葬りになりますように」
竹「はい、少し早いようでございますが、何分宜しゅう……多分に手のかゝりませんように」
五「宜しゅうございます、其の積りに致しました、何も多勢《おおぜい》和尚様方を頼むじゃアなし、お手軽になすった方が、御道中ゆえ宜しゅうございましょう」
と親切らしく主人《あるじ》が其の晩の中《うち》に、自分も随《つ》いて行って野辺送りを致してしまいました。
三十三
其の晩に脱出《ぬけだ》して、彼《か》の早四郎という宿屋の忰が、馬子《まご》の久藏《きゅうぞう》という者の処へ訪ねて参り、
早「おい、トン/\/\久藏|眠《ねぶ》ったかな、トン/\/\眠ったかえ。トン/\/\」
余りひどく表を敲《たゝ》くから、側の馬小屋に繋《つな》いでありました馬が驚いて、ヒイーン、バタ/\/\と羽目を蹴《け》る。
早「あれまア、馬めえ暴れやアがる、久藏|眠《ねぶ》ったかえ……あれまア締りのねえ戸だ、叩いてるより開けて入《へい》る方が宜《え》い、酔《よっ》ぱれえになって仰向《あおむけ》にぶっくり反《けえ》って寝《そべ》っていやアがる、おゝ/\顔に虻《あぶ》が附着《くッつ》いて居るのに痛くねえか、起《おき》ろ/\」
久「あはー……眠《ねぶ》ったいに、まどうもアハー(あくび)むにゃ/\/\、や、こりゃア甲州屋の早四郎か、大層《ていそう》遅く来たなア」
早「うん、少し相談|打《ぶ》ちに来たアだから目え覚《さま》せや」
久「今日は沓掛《くつがけ》まで行って峠え越して、帰りに友達に逢って、坂本《さかもと》の宿
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