はまいりません。飛脚屋へ出しても十日《とおか》二十日《はつか》ぐらいずつかゝります。読下《よみくだ》して見ると、
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一簡《いっかん》奉啓上候《けいじょうそうろう》余寒《よかん》未難去候得共《いまださりがたくそうらえども》益々御壮健|恐悦至極《きょうえつしごく》に奉存候《ぞんじそうろう》然者《しかれば》当屋敷|御上《おかみ》始め重役の銘々少しも異状《かわり》無之《これなく》御安意可被下候《ごあんいくださるべくそうろう》就《つい》ては昨年九月只今思い出《だし》候ても誠に御気の毒に心得候御尊父を切害《せつがい》致し候者は春部梅三郎と若江とこれ/\にて目下鴻ノ巣の宿屋に潜《ひそ》み居《お》る由《よし》確かに聞込み候間早々|彼《か》の者を討果《うちはた》され候えば親の仇《あだ》を討たれ候|廉《かど》を以て御帰参|相叶《あいかな》い候様共に尽力可仕候《じんりょくつかまつるべくそうろう》右の者早々|御取押《おんとりおさ》え有って可然候《しかるべくそろ》云々《しか/\》
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 と読了《よみおわ》り、飛立つ程の悦び、年若でありますから忠平や姉とも相談して出立する事になりましたが、姉は病気で立つことが出来ません。
祖「もし逃げられてはならん、あなたは後《あと》から続いて、私《わたくし》一人《ひとり》でまいります」
 と忠平にも姉の事を呉々《くれ/″\》頼んで、鴻の巣を指して出立致しました。五日目に鴻の巣の岡本に着きましたが、一人旅ではございますが、お武家のことだから宿屋でも大切にして、床の間のある座敷へ通しました。段々様子を見たが、手掛りもありません、宿屋の下婢《おんな》に聞いたが頓と分りません、
祖「はてな……こゝに隠れていると云うが、まさか人出入《ひとではいり》の多い座敷に隠れている気遣いはあるまい、此処《こゝ》にいるに相違ない」
 と便所へ行って様子を見廻したが、更に訳が分りません。

        三十一

 渡邊祖五郎は頻《しき》りに様子を探りますが、少しも分りません、夜半《よなか》に客が寝静《ねしずま》ってから廊下で小用《こよう》を達《た》しながら唯《と》見ますと、垣根の向うに小家《こや》が一軒ありました。
祖「はてな……一つ庭のようだが」
 と折戸《おりど》を開けて、
祖「彼《あ》の家に隠れて居りはしないか」
 と手水場《ちょうずば》の上草履《うわぞうり》を履《は》いて庭へ下《お》り、開戸《ひらき》を開け、折戸の許《もと》へ佇《たゝず》んで様子を見ますと、本を読んでいる声が聞える。何処《どこ》から手を出して掛金を外すのか、但《たゞ》し栓張《しんばり》を取って宜《い》いか訳が分りません、脊伸《せいの》びをして上から捜《さぐ》って見ると、閂《かんぬき》があるようだが、手が届きません。やがて庭石を他《わき》から持ってまいりまして、手を伸べて閂を右の方へ寄せて、ぐいと開けて中へ入り、まるで泥坊の始末でございます。縁側から密《そっ》と覗《のぞ》いて見ますると、障子に人の影が映って居ります。
祖「はてな、此方《こっち》にいるのは女のような声柄《こえがら》がいたす」
 と密と障子の腰へ手をかけて細目に明けて、横手から覗いて見ますると、見違える気遣いはない春部梅三郎なれば、
祖「あゝ有難い、神仏《かみほとけ》のお引合せで、図《はか》らず親の仇《かたき》に廻《めぐ》り逢った」
 と心得ましたから、飛上って障子を引開け、中へ踏込んで身構えに及び、声を暴《あら》らげ、
祖「実父の仇《かたき》覚悟をしろ」
 と叫びましたが、梅三郎の方では祖五郎が来ようとは思いませんから驚きました。
梅「いやこれは/\思い掛ない……斯様《かよう》な処でお目にかゝり面目次第もない、まア何ういう事で此方《こっち》へ」
祖「汝《なんじ》も立派な武士《さむらい》だから逃隠《にげかく》れはいたすまい、何《なん》の遺恨あって父織江を殺害《せつがい》して屋敷を出た、殊《こと》に当家の娘と不義をいたせしは確かに証拠あって知る、汝の許《もと》へ若江から送った艶書が其の場に取落してあったが、よもや汝は人を殺すような人間でないと心得て居ったる処、屋敷から通知によって、確かに汝が父織江を討って立退《たちの》いたる事を承知致した、斯《か》くなる上は逃隠れはいたすまいから、届ける処へ届けて尋常に勝負を致せ」
 と詰《つめ》かけました。
梅「御尤《ごもっと》もでござる、まア/\お心を静められよ、決して拙者逃隠れはいたしません、何も拙者が織江殿に意趣遺恨のある理由《わけ》もなし、何で殺害《せつがい》をいたしましょうか、其の辺の処をお考え下さい、何者が左様な事を申したか、実に貴方へお目にかゝるのは面目次第もない心得違い、此処《こゝ》へ逃げてまいりまして、当家の世
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