して、道具屋に奉公して居りましたが、つい道楽だもんでげすから、お母《ふくろ》が死ぬとぐれ出し、伯父の金え持逃げをしたのが始まりで、信州|小室《こむろ》の在《ぜえ》に友達が行って居りますから無心を云おうと思いまして参ったのでごぜえますが、途中で災難に遭い、金子《かね》を……」
梅「いや/\幾ら手前が陳じても、書付を取るというは何か仔細があるに相違ない、清藏どん打《ぶ》って御覧、云わなければ了簡がある、真実に貧の盗みなれば金を取らなければならん、書付を取るというはどうも理由《わけ》が分らんから、責めなければならん」
清「さ云えよ、云わねえと痛《いて》えめをさせるぞ、誰か太っけえ棒を持って来い、角《かど》のそれ六角に削った棒があったっけ、なに長《なげ》え…切って来《こ》う……うむ宜《よ》し…さ野郎、これで打《ぶ》つが何うだ」
 と続け打《う》ちに打ちますと、曲者は泣声を致しまして、
曲「御免なすって、貧の盗みで」
清「貧の盗みなんて生虚《なまそら》ア吐《つ》きやアがって、家《うち》へ来た時に汝《われ》何と云った、少《ちい》せえ時に親父が死んで、お母《ふくろ》の手にかゝっている内に、眼が潰れたって、言うことが皆《みん》な[#「皆《みん》な」は底本では「皆《みな》な」]出たらめばかりだ、此の野郎(打《ぶ》つ)」
曲「あ痛《いた》/\/\痛《いと》うごぜえやす、どうか御勘弁を…悪い事はふッつり止《や》めますから」
清「止《やめ》るたって止めねえたって、何で手紙を盗んだ(又|打《う》つ)」
曲「あ痛うごぜえやす、何う云う訳だって、全く覚えが無《ねえ》んでごぜえやす、只慌てゝ私《わっし》が……」
梅「黙れ、何処までも云わんといえば殺してしまうぞ、此方《こっち》が先程から此の手紙が分らんと、幾度も読んで考えていたところだ、これは何か隠《かく》し文《ぶみ》で、お屋敷の大事と思えば棄置かれん、五分試《ごぶだめ》しにしても云わせるから左様心得ろ…」
 と
「脇差を取って来る間逃げるとならんから」
清「なに縛ってあるから大丈夫だよ」
梅「五分だめしにするが何うだ、云わんければ斯うだ」
 とすっと曲者の眼の先へ短刀《みじか》いのを突付ける。
曲「あゝ危《あぶの》うごぜえやす、鼻の先へ刀を突付けちゃア……どうぞ御勘弁を」
梅「これ、手前が幾ら隠してもいかん事がある、手前は谷中三崎の屋敷で松蔭の宅に居た奴であろうな」
曲「へえ」
梅「もういけん、此書《これ》は松蔭から何者へ送るところの手紙か、又|他《わき》から送った手紙か、手前は心得て居《お》るか」
曲「へえ」
梅「いやさ、云わんければ手前は嬲《なぶ》り殺《ごろ》しにしても云わせなければならん、其の代り云いさえすれば小遣《こづかい》の少しぐらいは持たして免《ゆる》してやる」
清「そうだ、早く正直に云って、小遣を貰え、云わなければ殺されるぞ、さ云えてえば(又|打《う》つ)」
曲「あゝ痛うごぜえます、あ危《あぶの》うございます、鼻の先へ……えゝ仕方がないから申上げますが、実はなんでごぜえます、私《わたくし》が主人に頼まれて他《ほか》へ持っていく手紙でごぜえます」
梅「むゝ何処《どこ》へ持って行《ゆ》く」
曲「へえ先方《さき》は分りませんけれども持って行《ゆ》くので」
梅「これ/\先方《さき》の分らんということがあるか、何処へ……なに、先方が分っている、種々《いろ/\》な事を云い居《お》るの、先方が分ってれば云え」
曲「へえ、その何《なん》でごぜえます、王子の在にお寮《りょう》があるので、その庵室《あんしつ》見たような所の側《わき》の、些《ちっ》とばかりの地面へ家《うち》を建てゝ、楽に暮していた風流の隠居さんが有りまして、王子の在へ行って聞きゃア直《すぐ》に分るてえますから、実は其処《そこ》は池《いけ》の端《はた》仲町《なかちょう》の光明堂《こうみょうどう》という筆屋の隠居所だそうで、其家《そこ》においでなさる方へ上げれば宜《よ》いと云付《いいつ》かって、私《わたくし》が状箱を持ってお馬場口から出ようとすると、今考えれば旦那様で、貴方に捕《つか》まったので、状箱を奪《と》られちゃアならんと思いやして一生懸命に引張《ひっぱ》る途端、落ちた手紙を取ろうとする、奪られちゃア大変と争う機《はず》みに引裂《ひっさ》かれたから、屋敷へ帰ることも出来ず、貴方の跡を尾《つ》けて此方《こちら》へ入った限《ぎ》り影も形も見えず、だん/\聞けば、あのお小姓のお家《うち》だとの事ですから、俄盲《にわかめくら》だと云って入り込んだのも只其の手紙せえ持って行《い》けば宜《い》いんで、是を落すと私《わたくし》が殺されたかも知れねえんで」
梅「うん、わかった、いや大略《あら/\》分りました」
清「大略《あら/\》ってお前さんの心に大概分ったかえ
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