な……何だろうか知ら、気味の悪い奴だ、どうして賊が入ったか、盗《と》るものもない訳だが……己を殺しにでも来た奴か知らん」
 とそこは若いけれども武家《ぶげ》のことだから頓と油断はしません。眼を細目に開《あ》いて様子を見て居りますと、布団《ふとん》の間に挟んであった梅三郎の紙入を取出し、中から引出した一封の破れた手紙を透《すか》して、披《ひろ》げて見て押戴《おしいたゞ》き懐中《ふところ》へ入れて、仕すましたり…と行《ゆ》きにかゝる裾《すそ》を、梅三郎うゝんと押えました。

        二十八

 姿は優しゅうございますが、柔術《やわら》に達した梅三郎に押えられたから堪《たま》りません。
曲者「御免なさい」
梅「黙れ……賊だな、さ何処《どっ》から忍び込んだ」
曲者「何卒《どうぞ》御免なすって」
梅「相成らん……何だ逃げようとして」
 と逆に手を取って押付《おさえつ》け。
梅「怪しい奴だ、清藏どん、泥坊が入りました。清藏どん/\聞えんか、困ったものだ、清藏どん」
 少し離れた処に寝て居りました清藏が此の声を聞付け、
清「あい、はアー……あい/\……何だとえ、泥坊が入《へい》ったとえあれま何うもはア油断のなんねえ、庭伝えに入《へえ》ったか、何《なん》にしろ暗くって仕様がねえ、店の方へ往《い》って灯《あかり》を点《つ》けて来るから、逃してはなんねえ」
梅「何だ此奴《こいつ》……動かすものか、これ……灯を早く持って来んかえ」
 清藏は店から雪洞《ぼんぼり》を点けて参り。
清「泥坊は何処《どこ》に/\」
梅「清藏どん、取押えた、なか/\勝手を知った奴と見えて、廊下伝いに入った、力のある奴だが、柔術《やわら》の手で押えたら動けん、今暴れそうにしたからうんと一当《ひとあて》あてたから縛って下さい」
清「よし、此奴《こいつ》細っこい紐じゃア駄目だ、なに麻縄《ほそびき》が宜《い》い」
 とぐる/\巻に縛ってしまいました。
曲者「何卒《どうぞ》御免なすって……実は何《なん》でございます、へえ全く貧《ひん》の盗みでございますから、何卒御免なすって」
清「貧の盗みなんてえ横着野郎め」
 此の中《うち》下女などが泥坊と聞いて裸蝋燭《はだかろうそく》などを持ってまいりました。
清「これもっと此方《こっち》へ灯《あかり》を出せ、あゝ熱いな、頭の上へ裸蝋燭を出す奴があるかえ、行灯《あんどん》を其方《そっち》へ片附《かたし》ちめえ、此の野郎|頬被《ほっかぶ》りいしやアがって、何処《どこ》から入《へい》った」
 と手拭をとって曲者の顔を見て驚き、
清「おや、此の按摩ア……汝《われ》は先月から己《おら》ア家《うち》へ来て、俄盲《にわかめくら》で感が悪くって療治が出来ねえと云うから、可愛相だと思って己ア家へ置いてやった宗桂だ、よく見りゃア虚盲《そらめくら》で眼が明いてるだ、此の狸按摩|汝《うぬ》、よく人を盲だって欺《だま》しアがった、感が悪くって泥坊が出来るかえ、此の磔《はッつけ》めえ」
 と二つばかり続けて撲《ぶ》ちました。
曲「御免なさい、誠にどうも番頭《ばんつ》さん、実ア盲じゃアごぜえません、けれども旅で災難に遭いまして、後《あと》へは帰れず、先へも行《い》かれず、仕様が有りませんから、実は喰方《くいかた》に困って此方《こちら》はお客が多いから、按摩になってと思いまして入ったんでございますが、漸々《だん/\》銭が無くなっちまいましたから、江戸へ帰っても借金はあり、と云って故郷《こきょう》忘《ぼう》じ難《がた》く、何うかして帰りてえが、借金方の附くようにと思いまして、ついふら/\と出来心で、へえ、沢山《たんと》金え盗《と》るという了簡じゃアごぜえません、貧の盗みでございますから、お見遁《みのが》しを願います」
清「此の野郎……此奴《こいつ》のいう事ア迂濶《うっかり》本当にア出来ねえ、嘘を吐《つ》く奴は泥坊のはじまり、最《も》う泥坊に成ってるだ此の野郎」
曲「どうか御免なすって」
梅「いや/\手前は貧の盗みと云わせん事がある、貧の盗みなれば何故《なぜ》紙入れの中の金入れか銭入れを持って行《ゆ》かぬ、何で其の方は書付ばかり盗んだ」
曲「え……これはその何《なん》でございます、あゝ慌《あわ》てましたから、貧の盗みで一途《いちず》にその私《わたくし》は、へえ慌てまして」
梅「黙れ、手前はどうも見たような奴だ、此奴《こいつ》を確《しっか》り縛って置き、殴《たゝ》っ挫《くじ》いても其の訳を白状させなければならん、さ何ういう理由《わけ》で此の文を盗《と》った、手前は屋敷奉公をした奴だろう、谷中の屋敷にいた時分、どうも見掛けたような顔だ……手前は三崎の屋敷にいた事があったろうな」
曲「いえ……どう致しまして、私《わたくし》は麻布十番の者でごぜえます、古河《こが》に伯父がごぜえま
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