ら死ね、さ此処《こゝ》に庖丁があるから」
清「止せよー、困ったなア……うむ何うした/\」
 若江は身の過《あやま》りでございますから、一言もないが、心底可愛い梅三郎と別れる気がない、女の狭い心から差込んでまいる癪気《しゃくき》に閉じられ、
若「ウヽーン」
 と仰向けさまに反返《そりかえ》る。清藏は驚いて抱き起しまして、
清「お前さま帰るなんて云わねえが宜《い》い、さゝ冷たくなって、歯を咬《くい》しばっておっ死《ち》んだ、お前様《めえさま》が余《あんま》り小言を云うからだ……ア痛《いた》え、己の頭へ石頭を打附《ぶッつ》けて」
 と若江を抱え起しながら、
清「お若やー……」
母「少しぐらい小言を云われて絶息《ひきつけ》るような根性で、何故|斯《こ》んな訳になったんだかなア、痛《いて》え……此方《こっち》へ顔を出すなよ」
清「お前《めえ》だって邪魔だよ、何か薬でもあるか、なに、お前《めえ》さま持ってる……むゝう是は巻いてあって仕様がねえ、何だ印籠《いんろう》か……可笑《おか》しなものだな、お前《めえ》さん此の薬を娘《あま》の口ん中《なけ》へ押《お》っぺし込んで……半分噛んで飲ませろよ、なに間が悪《わり》い……横着野郎め」
 梅三郎は間が悪そうに薬を含《くゝ》んで飲ませますと、若江は漸《ようや》くうゝんと気が付きました。
清「気が付いたか」
母「しっかりしろ」
清「大丈夫《でえじょうぶ》だ、あゝゝ魂消た余《あんま》り小言を云わねえが宜《え》えよ、義理立をして見す/\子を殺すようなことが出来る、もう其様《そんな》に心配しねえが宜えよ」
若「あの爺《じい》や、私は斯《こ》んなわるさをしたから、お母《っか》さまの御立腹は重々|御道理《ごもっとも》だが、春部さまを一人でお帰し申しては済まないから、私も一緒に此のお方と出して下さるように、またほとぼりが冷めて、石原の方の片が附いたら、お母さまの処へお詫をする時節もあろうから、一旦御勘当の身となって、一度は私も出して下さるように願っておくれよ」
清「困ったね、往処《ゆきどこ》のねえ人を、お若が家《うち》まで誘い出して来て置かないと云うなら、彼《あ》の人を何うかしてやらなければなんねえ、時節を待って詫言《わびごと》をするてえが、何うする」
母「汝《われ》と違ってお義理堅《ぎりがて》え殿さまで、往《ゆ》く処《とこ》のねえ者を一人で出て往《い》くと仰しゃるは、己がへの義理で仰しゃるだ、憎くて置かれねえ奴だが、此の旦那さまも斯《こん》なにお義理堅《ぎりがて》えから、此の旦那様に免じて当分|家《うち》へ置いてくれるから、此処《こゝ》に隠れて[#「隠れて」は底本では「隠ねて」]いるが宜《え》い」
清「そんなれば早く然《そ》う云えば宜《い》いに、後《あと》でそんな事を云うだから駄目だ、石原の子息《むすこ》がぐず/\して居て困る事ができたら、私《わし》が殴殺《ぶっころ》しても構わねえ」
 と是から二人は此の六畳の座敷へ足を止める事になりますと、お屋敷の方は打って変って、渡邊織江は非業に死し翌日になって其の旨を届けると、直《す》ぐさま検視も下《お》り、遂に屍骸《しがい》を引取って野辺の送りも内証《ないしょ》にて済ませ、是から悪人|穿鑿《せんさく》になり、渡邊織江の長男渡邊|祖五郎《そごろう》が伝記に移ります。

        二十六

 さて其の頃はお屋敷は堅いもので、当主が他人《ひと》に殺された時には、不憫《ふびん》だから高《たか》を増してやろうという訳にはまいりません、不束《ふつゝか》だとか不覚悟だとか申して、お暇《いとま》になります。彼《か》の渡邊織江が切害《せつがい》されましたのは、明和の四年|亥歳《いどし》九月十三|夜《や》に、谷中瑞林寺の門前で非業な死を遂げました、屍骸を引取って、浅草の田島山《たじまさん》誓願寺《せいがんじ》へ内葬を致しました。其の時検使に立ちました役人の評議にも、誰が殺したか、織江も手者《てしゃ》だから容易な者に討たれる訳はないが、企《たく》んでした事か、どうも様子が分らん。死屍《しがい》の傍《わき》に落ちてありましたのは、春部梅三郎がお小姓若江と密通をいたし、若江から梅三郎へ贈りました文と、小柄《こづか》が落ちてありましたが、春部梅三郎は人を殺すような性質の者ではない、是も変な訳、何ういう訳で斯様《かよう》な文が落ちてあったか頓と手掛りもなく、詰り分らず仕舞でござりました。織江には姉娘《あねむすめ》のお竹と祖五郎という今年十七になる忰《せがれ》があって、家督人《かとくにん》でございます。此者《これ》が愁傷《しゅうしょう》いたしまして、昼は流石《さすが》に人もまいりますが、夜分は訪《と》う者もござりませんから、位牌に向って泣いてばかり居りますと、同月《どうげつ》二十五日の日に、お上
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