ら、情夫を連れて参《めえ》っちゃア石原へ済まねえ事を知っていながら来るとは、何ともはア魂消てしまった、汝より他に子はねえけれども、義理という二字があって何うしても汝を宅《うち》へ置く事は出来ねえ、見限って勘当をするから何処《どこ》へでも出て往くが宜《え》い、汝は此のお方様に見棄てられて乞食になるとも、首い縊《くゝ》って死ぬとも、身を投げるとも汝が心がらで、自業自得だ、子のない昔と諦めますから」
と両眼には一杯涙を浮《うか》めて泣いて居りました。
二十五
母は心の中《うち》では不憫でならんが、義理にからんで是非もなく/\故《わざ》と声をあらゝげまして、
母「これ若、もう物を云わずさっさと出て往け」
と云いながら梅三郎に向いまして、
「お前様には始めてお目にかゝりましたが、お立派なお侍さんが斯《こ》んな汚《きたね》え処へお出でなすったくれえだから、どうか此の娘《あま》を可愛がって下せえまし、折角|此処《こゝ》まで連れて逃げて来たものを、若い内には有りうちの事だ、田舎|気質《かたぎ》とは云いながら、頑固《かたくな》な婆《ばゞ》アだ、何の勘弁したって宜《え》えにとお前様には思うか知んねえけれども、只今申します通り義理があって、どうも此の娘を宅《うち》へ置かれません只《たっ》た今追出します、名主へも届け、九離《きゅうり》断《き》って勘当します、往処《ゆきどこ》もなし、親戚《みより》頼りもねえ奴でごぜえますから、見棄てずに女房にして下せえまし、貴方《あんた》が見棄てゝも私《わし》ゃア恨みとも思いませんが、どうかお頼み申します、何や清藏、あのお若を屋敷奉公させて家《うち》へ帰らば、柔《やあら》けえ物も着られめえと思って、紬縞《つむぎじま》の手織《ており》がえらく出来ている、あんな物が家に残ってると後《あと》で見て肝《きも》が焦《い》れて快《よ》くねえから、帯も櫛《くし》笄《こうがい》のようなものまで悉皆《みんな》要《い》らねえから汝《われ》え一風呂敷《ひとふろしき》に引纒《ひんまと》めて、表へ打棄《うっちゃ》っちまえ」
清「打棄らねえでも宜《よ》かんべい、のう腹ア立とうけれども打棄ったって仕様がねえ」
母「チョッ、分らねえ奴だな、石原の親達へ対《てい》しても此娘《これ》がに何一つ着せる事ア出来ねえ、そんならと云って家《うち》に置けば快《よ》くねえ、憎い親不孝なア娘《あま》の着物を見るのは忌《いや》だから、打棄《うっちゃっ》ちまえと云うだ」
清「打棄らずに取って置いたら宜《よ》かんべい」
母「雨も降りそうになって居るから、合羽に傘に下駄でも何でも、汝《われ》が心で附けて、此娘《これ》がに遣ることは出来ねえ、憎くって、併《しか》し家《うち》に置くことが出来ねえから打棄れというのだ、雨が降りそうになって居るから」
清「うーむ然《そ》うか、打棄るべえ、箪笥《たんす》ごと打棄っても宜《え》い、どっちり打棄るだから、誰でも拾って往《ゆ》くが宜い、はアーどうも義理という二字は仕様のねえものだ」
と立ちにかゝるを引止めて、
梅「ま暫《しばら》く……清藏どんとやら暫くお待ち下さい、只今|親御《おやご》の仰せられるところ、重々|御尤《ごもっと》もの次第で、御尊父|御存生《ごぞんしょう》の時分からお約束の許嫁《いいなずけ》の亭主あることを存ぜず、無理に拙者が若江を連れてまいりましたは、あなたに対しては何とも相済みません、若江は亡《なくな》られた親御の恩命に背《そむ》き、不孝の上の不孝の上塗《うわぬり》をせんければならず、拙者は何処《どこ》へも往《ゆ》き所《どころ》はないが、男一人の身の上だから、何処《いずく》の山の中へまいりましても喰うだけの事は出来ます、お前は此処《こゝ》に止《とゞ》まって聟を取り、家名相続をせんければならんから、拙者一人で往《ゆ》きます」
清「ま、お待ちなせえ……そんな義理立《ぎりだて》えして無闇に往ったっていけねえ、二人で出て来たものが、一人置いてお前《めえ》さんが往ったら娘《あま》も快《よ》くねえ訳だア、宜《よ》く相談して往《い》くが宜《え》い、今草鞋銭をくれると云うから待てよ、えゝぐず/\云っちゃア分らねえ、判然《はっきり》云えよ、泣きながらでなく……彼《あ》の人ばかり追返《おっけえ》しちゃア義理が済むめえ、色事だって親の方にも義理があるから追返す位《くれえ》なら首でも縊《つ》るか、身い投げておっ死《ち》ぬというだ」
母「篦棒《べらぼう》……死ぬなんて威《おど》し言《ごと》を云ったら、母親《おふくろ》が魂消て置くべいかと思って、死ぬなんてえだ、死ぬと云った奴に是迄死んだ例《ためし》はねえ、さ只《たっ》た今死ね、己《おれ》は義理さえ立てば宜《え》い、汝《われ》より他に子はねえが、死ぬなんて逆らやアがって、死ぬな
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