に甘く、義理人情を考えねえで入れたと、石原へ聞《きこ》えて済むか、汝も一緒に出て往《ゆ》け」
清「私《わし》が色事をしやアしめえし、出される訳はねえ、実ア私も家《うち》へ入れめえとは考えたけれども、お侍《さむれえ》さんが如何《いか》にも優しげな人で、色が白いたって彼様《あんな》のはねえ、私ア白《しろ》っ子《こ》かと思えやした、一体お侍《さむれえ》なんてえ者は田舎へ来れば、こら百姓……なんて威張るだが、私のような者に手を下げて、心得違《こゝろえちげ》えをして屋敷を出ましたが、他に知って居る者もねえ、母《かゝ》さまア腹も立とうが、厄介《やっけえ》にはなりません、稼ぎがあります、何だっけ、えゝ歌ア唄って合力《ごうりょく》とかいう菓子を売って歩いても世話にならねえから、置いてやって下せえな」
母「だめだよ、さっさと追出せよ」
清「そう怒《おこ》ったって仕様がねえ、出せば往《い》き所《どこ》がねえが、娘子《あまっこ》が情夫《おとこ》に己《おら》ア家《うち》へ来《こ》うって連れて来たものを追出《おんだ》すような事になれば、誠に義理も悪い、他に行《い》き所《どこ》はねえ、仕様がねえから男女《ふたり》で身い投げておっ死《ち》んでしまおうとか、林の中へ入って首でも縊《くゝ》るべえというような、途方もねえ考《かんげ》えを起して、とんでもねえ間違《まちげえ》が出来るかも知んねえ、追出《おんだ》せなら追出《おんだ》しもするが、ひょっとお前《めえ》らの娘が身い投げても、首を縊っても私《わし》を怨《うら》んではなんねえよ、只《たっ》た今|追出《おんだ》すから…」
母「まア、ちょっくら待てよ」
清「なに……」
母「己を連れてって若に逢わせろよ」
清「逢わねえでも宜《よ》かんべえ」
母「宜《え》いよ、己《おら》ア只《たゞ》追出《おんだ》す心はねえから、彼奴《あいつ》に逢って頭の二つ三つ殴返《はりけえ》して、小鬢《こびん》でもむしゃぐって、云うだけの事を云って出すから、連れてって逢わせろよ」
清「それは宜《よ》くねえ、少《ちっ》せえ子供じゃアねえし、十七八にもなったものゝ横ぞっぽを打殴《ぶんなぐ》ったりしねえで、それより出すは造作もねえ」
母「まア待てよ…打叩《うちたゝ》きは兎も角も、娘《むすめ》は憎くて置かれねえ奴だが、附いて来たお侍《さむれえ》さんに義理があるから、己が会って、云うだけの事を云って聞かした其の上で、其の人へ義理だ、娘《あま》には草鞋銭《わらじせん》の少しもくれべえ」
清「うむ、それは沢山《たんと》遣《や》るが宜《え》え、新家にいるだよ」
と清藏が先へ駈出してまいり、
清「今|此処《こけ》へお母《ふくろ》が来るよ」
若「お母《っか》さんが怒《おこ》って何とか仰しゃったかえ」
清「怒るたって怒らねえたって訳が分らねえ、彼様《あん》なはア堅《かて》え義理を立てる人はねえ、此の前|彌次郎《やじろう》が家《うち》の鶏《とり》を喜八《きはち》が縊《し》めたっけ、あの時お母《ふくろ》が義理が立たねえって其の通りの鶏を買って来《こ》ねえばなんねえと、幾ら探しても、あゝいう毛がねえで困ったよ、あゝいう気象だから、お前《めえ》さまも其の積りで、田舎者が分らねえ事をいうと思って、肝《きも》を焦《いら》しちゃアいけねえよ、腹立紛れに何を云うか知んねえ、来た/\、さ此方《こっち》へお母」
母「あゝ薄暗い座敷だな、行灯《あんどん》を持って来な……お若/\、此方《こっち》へ出ろよ、此処《こけ》へ出ろ、最《も》う少し出てよ」
お若は間が悪いから、畳へぴったり手を突いて顔を上げ得ません。附いて来た侍は何様《どん》な人だか。と横目でじろりと見ながら、自分の方より段々前へ進み出まして
母「お若、今清藏に聞きまして魂消《たまげ》ましたぞ、汝《われ》は情夫《おとこ》を連れて此処《こけ》へ走って来たではねえか、何ともはア云様《いいよう》のねえ親不孝なア奴だ、これ屋敷奉公に出すは何のためだよ、斯ういう田舎にいては行儀作法も覚えられねえ、なれども鴻の巣では家柄の岡本の娘だアから屋敷奉公に上げ、行儀作法も覚えさせたらで、金をかけて奉公に遣ったのに、良《え》い事は覚えねえで不義《わるさ》アして、此処《こけ》へ走って来ると云うは何たる心得違《こゝろえちげ》えなア親不孝の阿魔だか、呆れ果てた、最《も》う汝《われ》の根性を見限って勘当してくれるから、何処《どけ》へでも出て往《い》け、石原の舎弟に合わす顔が無《ね》え、彼《あれ》が汝の婿だ、去年|宿下《やどさが》りに来た時、石原へ連れて往くのに、先方《むこう》は田舎育ちの人ゆえ、汝が屋敷奉公をして立派な姿で往くが、先方が木綿ものでいても見下げるな、汝が亭主になる人だよと、何度も云って聞かせ、お父様《とっさん》が約束して固く極めた処を承知していなが
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