屋敷からお呼出しでありますから、祖五郎は早速|麻上下《あさがみしも》で役所へ出ますと、家老寺島兵庫|差添《さしそえ》の役人も控えて居り、祖五郎は恐入って平伏して居りますと、
寺島「祖五郎も少し進みますように」
祖「へえ」
寺島「此の度《たび》は織江儀不束の至りである」
祖「はっ」
寺島「仰せ渡されをそれ…」
 差添のお役人が懐から仰せ渡され書《がき》を取出《とりいだ》して読上げます。
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一其の方父織江儀御用に付き小梅中屋敷へ罷《まか》り越し帰宅の途中何者とも不知《しれず》切害|被致候段《いたされそろだん》不覚悟の至りに被思召《おぼしめされ》無余儀《よぎなく》永《なが》の御暇《おいとま》差出候《さしだしそうろう》上は向後《こうご》江戸お屋敷は不及申《もうすにおよばず》御領分迄立廻り申さゞる旨|被仰出候事《おおせいでられそろこと》
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[#地から3字上げ]家老名判
 祖五郎は
「はっ」
 と頭《かしら》を下げましたが、心の中《うち》では、父は殺され、其の上に又此のお屋敷をお暇《いとま》になることかと思いますと、年が往《い》きませんから、只畳へ額《ひたえ》を摺付けまして、残念の余り耐《こら》えかねて男泣きにはら/\/\と泪《なみだ》を落す。御家老は膝を進めて言葉を和らげ、
寺「マヽ役目は是だけじゃが、祖五郎|如何《いか》にもお気の毒なことで、お母《かゝ》さまには確か早く別れたから、大概織江殿の手一つで育てられた、其の父が何者かに討たれ剰《あまつさ》え急にお暇になって見れば、差向《さしむき》何処《どこ》と云って落着く先に困ろうとお察し申すが、まゝ又其の中《うち》に御帰参の叶《かな》う時節もあろうから、余りきな/\思っては宜しくない、心を大きく持って父の仇《あだ》を報い、本意《ほんい》を遂げれば、其の廉《かど》によって再び帰参を取計らう時節もあろう、急《せ》いては事を仕損ずるという語を守らんければいかん、年来御懇意にもいたした間、お屋敷近い処にもいまいが、遠く離れた処にいても御不自由な事があったら、内々《ない/\》で書面をおよこしなさい」
祖「千万《せんばん》有難う存じます……志摩《しま》殿、幸五郎《こうごろう》殿御苦労さまで」
志摩「誠にどうも此の度《たび》は何とも申そうようもない次第で、実にえゝ御尊父さまには一方《ひとかた》ならぬ御懇命《ごこんめい》を受けました、志摩などは誠にあゝいうお方様がと存じましたくらいで、へえどうか又何ぞ御用に立つ事がありましたら御遠慮なく……此処《こゝ》は役所の事ですから、小屋へ帰りまして仰せ聞けられますように」
祖「千万有難う」
 と仕方なく/\祖五郎は我《わが》小屋へ立帰って、急に諸道具を売払い、奉公人に暇《いとま》を出して、弥々《いよ/\》此処《こゝ》を立退《たちの》かんければなりません。何処《どこ》と云って便《たよ》って往《ゆ》く目途《あて》もございませんが、彼《か》の若江から春部の処へ送った文が残っていて、春部は家出をした廉《かど》はあるが、春部が父を殺す道理はない、はて分らん事で……確か梅三郎の乳母と云う者は信州の善光寺にいるという事を聞いたが、梅三郎に逢ったら少しは手掛りになる事もあろうと考えまして、前々《ぜん/\》勤めていた喜六という山出し男は、信州上田の在で、中《なか》の条村《じょうむら》にいるというから、それを訪ねてまいろうと心を決しまして、忠平という名の如く忠実な若党を呼びまして、
祖「忠平手前は些《ちっ》とも寝ないのう、ちょいと寝なよ」
忠「いえ眠くも何ともございません」
祖「姉様《あねさま》と昨夜《ゆうべ》のう種々《いろ/\》お話をしたが、屋敷に長くいる訳にもいかんから、此の通り諸道具を引払ってしまった、併《しか》し又再び帰る時節もあろうからと思い、大切な品は極《ごく》別懇にいたす出入町人の家へ預けて置いたが、姉様と倶《とも》に喜六を便《たよ》って信州へ立越《たちこえ》る積りだ、手前も長く奉公してくれたが、親父も彼《あ》の通り追々|老《と》る年だし、菊はあゝ云う訳になったし、手前だけは別の事だから、こりゃア何の足しにもなるまいが、お父《とっ》さまの御不断召《ごふだんめし》だ、聊《いさゝ》か心ばかりの品、受けて下さい、是まで段々手前にも宜く勤めて貰い、お父さまが亡《な》い後《のち》も種々骨を折ってくれ、私《わし》は年が往《ゆ》かんのに、姉様は何事もお心得がないから何うして宜《い》いかと誠に心配していたが、万事手前が取仕切ってしてくれ、誠に辱《かたじけ》ない、此品《これ》はほんの志ばかりだ……また時が来て屋敷へ帰ることもあったら、相変らず屋敷へ来て貰いたい、此品《これ》だけを納めて下さい」
忠「へえ誠に有難う……」
竹「手前どうぞ岩吉にも会
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