すさり出まして、
若「あれまア清爺《せいじい》や」
清「へえ……誰だ……誰だ」
若「誰だってまア本当に、頭巾を被っているから分るまいけれども私だよ」
と云いながらお高祖頭巾《こそずきん》をとるを見て、
清「こりゃア何とまア魂消たね、何うして……やアこれ阿魔ア……」
梅「何だ阿魔とは怪《け》しからん、知る人かえ」
若「はい、私《わたくし》の処の親父の存生中《ぞんしょうちゅう》から奉公して居ります老僕《じいや》ですが、こゝで逢いましたのは誠に幸いな事で」
清「ま、どうして来ただアね、宿下《やどさが》りの時にア私《わし》は高崎まで行ってゝ留守で逢わなかったが、大《でか》くなったね、今年で十八だって、今日も汝《われ》が噂アしてえた処だ、見違《みちげ》えるようになって、何とはア立派な姿だアな、何うして来た、宿下りか」
若「いゝえ、私はまたお前に叱られる事が出来たのだけれども、お母様《っかさま》に詫言《わびごと》をして、どうか此のお方と一緒に宅《うち》へ置いて戴くようにしておくれな」
清「此のお方様てえのは」
と梅三郎を見まして、
「此のお方様が……貴方は岡田さまか」
梅「えゝ拙者は春部梅三郎と申す者で、以後|別懇《べっこん》に願います」
清「へえ、余り固く云っちゃア己がに分りやせん、ま何ういう訳で、あゝ是は失策《しくじり》でもして出て、貴方《あんた》が随《つ》いて参ったか」
梅「いや別に上《かみ》へ対して失策《しくじり》もござらんが、両人とも心得違いをいたし、昨夜屋敷を駈落いたしました」
清「え屋敷を出たア…」
若「此のお方様もお屋敷に居《お》られず、私《わたくし》も矢張《やっぱり》居《お》られない理由《わけ》になったが、お母《っか》さんは物堅い御気性だから、屹度《きっと》置かないと仰しゃるだろうが、此のお方も、何処《どこ》へも行《ゆ》き所のないお方で、後生だから何日《いつ》までも宅《うち》に居《い》られるようにしておくれな」
清「むゝう……此の人と汝《われ》がと二人ながら屋敷に居《い》られねえ事を出来《でか》して仕様がなく、駈落をして来たな」
若「あゝ」
清「あ……それじゃア何か二人ともにまア不義《わるさ》アして居ただアな、いゝや隠さねえでも宜《よ》い、不義《わるさ》アしたって宜《え》い、宜《え》い/\/\能くした、大《え》かくなるもんだアな、此間《こねえだ》まで頭ア蝶々見たように結って、柾《まさき》の嫩《やわら》っこい葉でピイ/\を拵《こしら》えて吹いてたのが、此様《こん》な大《でか》くなって、綺麗な情夫《おとこ》を連れて突走《つッぱし》って来たか、自分の年い老《と》ったのは分んねえが、汝《われ》が大《えか》くなったで知れらア、心配《しんぺえ》せねえでも宜《え》い、お母《ふくろ》さまが置くも置かねえもねえ、何うしても男と女はわるさアするわけのものだ、心配《しんぺえ》せねえでも宜《え》い、どうせ聟養子《むこようし》をせねえばなんねえ、われが死んだ父《とっ》さまの達者の時分からの馴染《なじみ》で、己が脊中で眠《ね》たり、脊中で小便《はり》垂れたりした娘子《あまっこ》が、大《でか》くなったゞが、お前さんもまんざら忌《いや》ならば此様《こん》な処まで手を引張《ふっぱ》って逃げてめえる気遣《きづけ》えもねえが、宿屋の婿《むこ》になったら何うだ、屎草履《くそぞうり》を直さねえでも宜《え》いから」
梅「それは有難い事で、何《ど》の様《よう》な事でもいたしますが、拙者は屋敷育ちで頓《とん》と知己《しるべ》もござらず、前町《まえまち》に出入町人はございますが、前町の町人どもの方《かた》へも参られず、他人《ひと》の娘を唆《そゝの》かしたとお腹立もございましょうが、お手前様から宜しくお詫びを願いたい、若《も》し寺へまいるような子供でもあれば、四書五経ぐらいは教えましても好《よ》し、何うしても困る時には御厄介にならんよう、人家《ひと》の門《かど》に立ち、謡《うたい》を唄い、聊《いさゝ》かの合力《ごうりょく》を受けましても自分の喰《たべ》るだけの事は致す心得」
清「其様《そん》な事をしねえでも宜《え》え、見っともねえ、聟になってお母《ふくろ》の厄介になりたくねえたって、歌ア唄って表え歩いて合力てえ物を売って歩いて、飴屋見たような事はさせたくねえ、あの頭の上へ籠《かご》か何か乗《のっ》けて売って歩くのだろう」
梅「いえ、左様な訳ではございません」
清「然《そ》うで無《ね》えにしても其様《そん》な事は仕ねえが宜《え》い、そろ/\参《めえ》りましょう、提灯を持っておくんなせえ、先へ立って」
若「お前ね、私は嬉しいと思ったら草臥れが脱《ぬ》けたから宜《い》いよ」
清「まアぶっされよ」
若「宜いよ」
清「宜《え》いたって大《えか》くなっていやらしく成ったもんだから
前へ
次へ
全118ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング