したので、私《わたくし》は此様《こんな》に歩いた事はないものですから、最《も》う何うしても往《い》けません」
梅「往《い》けませんたって…誠に子供のようなことを云っているから困りますな、是から私《わし》の家来の家《うち》へでも往くならまだしも、お前の親の許《もと》へ往って、詫言《わびごと》をして、暫《しばら》く置いて貰わなければなりません、それだのにお前が其処《そこ》で草臥れたと云って屈《かゞ》んで、気楽な事を云ってる場合ではありません」
若「私《わたくし》も実に心配ですが、どうも歩けませんもの、もう少しお駕籠をお雇い遊ばすと宜しゅうございましたのに」
梅「其様《そん》なことを云ったって、今時分こゝらに駕籠はありませんよ、それでなくとも装《なり》はすっかり変えても、頭髪《あたま》の風《ふう》が悪いから、頭巾を被っても自然と知れます、誠に困りました」
若「困るたって、どうも歩けませんもの」
梅「歩けんと云って、そうして居ては……」
若「少し負《おぶ》って下さいませんか」
梅「何うして私《わし》も草臥れています」
先の方へぽく/\行《ゆ》く人が、後《うしろ》を振反《ふりかえ》って見るようだが、暗いので分らん。
梅「えゝもし……其処《そこ》においでのお方」
男「はっ……あー恟《びっく》りした、はあーえら魂消《たまげ》やした、あゝ怖《おっ》かねえ……何かぽく/\黒《くれ》え物が居ると思ったが、こけえらは能《よ》く貉《むじな》の出る処だから」
若「あれまア、忌《いや》な、怖いこと……」
男「まだ誰か居るかの……」
梅「いえ決して心配な者ではありません、拙者は旅の者でござるが、足弱連《あしよわづれ》で難儀致して居《お》るので、駕籠を雇いたいと存ずるが、此の辺に駕籠はありますまいか、然《そ》うして鴻の巣まではまだ何《ど》の位ありましょう、それに其方《そなた》は御近辺のお方か、但し御道中のお人か」
男「私《わし》は鴻の巣まで帰《けえ》るものでござえますが、駕籠を雇って後《あと》へ帰《けえ》っても、十四五丁|入《へい》らねえばなんねえが、最《も》う少し往《い》けば鴻の巣だ、五丁半べえの処だアから、同伴《つれ》でも殖《ふ》えて、まアね少しは紛《まぎ》れるだ、私も怖《おっか》ねえと思って、年い老《と》ってるが臆病でありやすから、追剥《おいはぎ》でも出るか、狸でも出たら何うしべえかと考え/\来たから、実に魂消たね、飛上ったね、いまだにどう/\胸が鳴ってるだ……見れば大小を差しているようだ、お侍さんだな、どうか一緒に連れて歩いてくだせえ、私も鴻の巣まで参《めえ》るもので」
梅「それは幸いな事で、然《しか》らば御同伴《ごどうはん》を願いたい」
男「えゝ…こゝで飯《まんま》ア喰う訳にはまいりやせん、お飯を喰えって」
梅「いえ、御同道《ごどうどう》をしたいので」
男「アハヽヽヽ一緒に行《い》くという事か、じゃア、御一緒にめえりますべえ……草臥れて歩けねえというのは此の姉《ねえ》さんかね、それは困ったんべえ、江戸者ちゅう者は歩きつけねえから旅へ出ると意気地《いくじ》はねえ、私《わし》も宿屋にいますが、時々客人が肉刺《まめ》エ踏出して、吹売《ふきがら》に糊付板《のりつけいた》を持って来《こ》うてえから、毎《いつ》でも糊板を持って行くだが、足の皮がやっこいだからね、お待ちなせえ、私ア独り歩くと怖えから、提灯を点《つ》けねえで此の通り吊《ぶら》さげているだ。同伴《つれ》が殖えたから点けやすべえ」
梅「お提灯は拙者が持ちましょう」
男「私《わし》ア此処《こゝ》に懐中附木《かいちゅうつけぎ》を持ってる、江戸見物に行った時に山下で買ったゞが、赤い長太郎玉《ちょうたろうだま》が彼《あれ》と一緒に買っただが、附木だって紙っ切《きれ》だよ、火絮《ほくち》があるから造作もねえ、松の蔭へ入《はい》らねえじゃア風がえら来るから」
と幾度もかち/\やったが付きません。
男「これは中々点かねえもんだね、燧《いし》が丸くなってしまって、それに火絮が湿ってるだから……漸《やっと》の事で点いただ、これでこの紙の附木に付けるだ、それ能く点くべい、えら硫黄臭いが、硫黄で拵《こしれ》えた紙だと見える、南風でも北風でも消えねえって自慢して売るだ、点けてしまったあとは、手で押《おせ》えて置けば何日《いつ》でも御重宝《ごちょうほう》だって」
梅「じゃア拙者が持ちましょう、誠にお提灯は幸いの事で、さ我慢して、五町ばかりだと云うから」
若「はい、有難う存じます」
男「お草臥れかね、えへゝゝゝゝ顔を其方《そっち》へ向けねえでも宜《よ》い」
若江は頭巾を被って居りますから田舎者の方では分りませんが、若江の方で見ると、旧来|我家《わがや》に勤めている清藏《せいぞう》という者ゆえ、嬉しさの余り草臥れも忘れて前へ
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