覚えるように相成りたいで」
梅「いや伯父に宜《よ》く然《そ》う云いましょう、秋月に宜く云えば心配有りません、屹度《きっと》伯父に話をします、貴公の心掛けを誠に感心したから」
大「それは千万|辱《かたじ》けない、其のお言葉は決して反故《ほご》には相成りますまい」
梅「武士に二言はありません」
大「へえ辱けない」
春部梅三郎は真っ赤に成って、彼《か》の文を懐に入れ其の儘表へ駈出すを送り出し、広小路の方へ行《ゆ》く後姿《うしろすがた》を見送って、にやりと苦笑いをしたは、松蔭大藏という奴、余程横着者でございます。扨《さて》其の歳の暮に春部梅三郎が何ういう執成《とりな》しを致しましたか、伯父秋月へ話し込むと、秋月が渡邊織江の処へまいりまして相談致すと、素《もと》より推挙致したのは渡邊でございますが、自分は飛鳥山で大藏に恩になって居りますから、片贔屓《かたびいき》になるようで却《かえ》って当人のためにならんからと云って、扣《ひか》え目にして居りますと、秋月の引立で御前体《ごぜんてい》へ執成《とりな》しを致しましたから、急に其の暮松蔭大藏は五十石取になり、御近習《ごきんじゅう》お小納戸《こなんど》兼勤を仰付けられました。御部屋住《おへやずみ》の前次様のお附き元締兼勤を仰付けられました。此の前次様は前《ぜん》申し述べました通り、武張ったお方で武芸に達した者を手許に置きたいというので、御当主へお願い立《たて》でお貰い受けになりましたので、お上邸《かみやしき》と違ってお長家《ながや》も広いのを頂戴致す事になり、重役の気受けも宜しく、男が好《よく》って程が善《い》いから老女や中老までも誉《ほ》めそやし、
○「本当にえらいお人で、手も能《よ》く書く、力も強く、他《ひと》は否《いや》に諂《へつら》うなどと申すが、然《そ》うでない、真実愛敬のある人で、私《わたくし》が此の間会った時にこれ/\云って、彼は誠の侍でどうも忠義|一途《いちず》の人であります」
と勤務が堅いから忽《たちま》ち評判が高くなりました。乃《そこ》で有助という、根岸にいた時分に使った者を下男に致しまして、新規に林藏《りんぞう》という男を置きました。これは屋敷奉公に慣れた者を若党に致しましたので、また男ばかりでは不自由だから、何ぞ手許使《てもとづかい》や勝手許《かってもと》を働く者がなければなりませんから、方々へ周旋を頼んで置きますと、渡邊織江の家来|船上忠助《ふながみちゅうすけ》という者の妹お菊《きく》というて、もと駒込《こまごめ》片町《かたまち》に居り、当時|本郷《ほんごう》春木町《はるきちょう》にいる木具屋岩吉《きぐやいわきち》の娘がありました。今年十八で器量はよし柔和ではあり、恩人織江の口入《くちいれ》でありますから、早速其の者を召抱えて使いました。大藏は物事が行届《ゆきとゞ》き、優しくって言葉の内に愛敬があって、家来の麁相《そそう》などは知っても咎《とが》めませんから、家来になった者は誠に幸いで、屋敷中の評判が段々高くなって来ました。折しも殿様が御病気で、次第に重くなりました。只今で申しますと心臓病とでも申しますか、どうも宜しくない事がございます。只今ならば空気の好《よ》い処とか、樹木の沢山あります処を御覧なすったら宜かろうというので、大磯とか箱根とかへお出《い》でが出来ますが、其の頃では然《そ》うはまいりません。然《しか》るに奥様は松平和泉守《まつだいらいずみのかみ》さまからお輿入《こしい》れになりましたが、四五年|前《ぜん》にお逝去《かくれ》になり、其の前《まえ》から居りましたのはお秋《あき》という側室《めかけ》で、これは駒込|白山《はくさん》に住む山路宗庵《やまじそうあん》と申す町医の娘を奥方から勧めて進ぜられたので、其の頃諸侯の側室《めかけ》は奥様から進ぜらるゝ事でございますが、今は然《そ》ういう事はないことで、旦那様が妾を抱えようと仰しゃると、少しつんと遊ばしまして、私《わたくし》は箱根へ湯治に往《ゆ》きますとか何とか仰しゃいますが其の頃は固いもので、奥様の方から無理に勧めて置いたお秋様が挙《もう》けました若様が、お三歳《みっつ》という時に奥様がお逝去《かく》れになりましたから、お秋様はお上通《かみどお》りと成り、お秋の方という。側室《めかけ》が出世をいたしますと、お上通りと成り、方名《かたな》が附きます。よく殿方が腹は借物《かりもの》だ良い胤《たね》を下《おろ》す、只胤を謔驍スめだと軍鶏《しゃも》じゃア有るまいし、胤を取るという事はありません造化機論《ぞうかきろん》を拝見しても解って居りますが、お秋の方は羽振が宜しいから、御家来の内《うち》二派《ふたは》に分れ、若様の方を贔屓《ひいき》いたすものと、御舎弟前次様を贔屓いたす者とが出来て、お屋敷に騒動の起ることは本に
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