お屋敷の御家風に就て伺いたい儀がござる、それと申すも拙者は何事も御家風を心得ません不慣《ふなれ》の身の上にて、斯様な役向《やくむき》を仰付けられ、身に余りて辱《かたじ》けない事と存じながら、慾には限りのないもので、何《ど》の様にも拙者身体の続くだけは御奉公致します了簡なれども、上役のお引立が無ければ迚《とて》も新参者《しんざんもの》などは出世が出来ません、渡邊殿は別段御贔屓を下さいますが、貴方の伯父御さまの秋月さまは未だ染々《しみ/″\》お言葉を戴きました事もないゆえ、大藏|疾《とう》より心懸けて居りますが、手蔓はなし、拠《よんどころ》なく今日《こんにち》迄打過ぎましたが、春部様からお声がゝりを願い、秋月様へお目通りを願いまして、お上《かみ》へ宜しくお執成《とりなし》を願いますれば拙者も慾ばかりではござらん、先祖へ対して此の上ない孝道かと存じますで、どうぞ伯父上へ貴方様から宜しく御推挙を願いたい」
梅「いや、それはお前無理だ、よく考えて見なさいお前は何か腕前が善《よ》いとか文道《ぶんどう》にも達して居《お》るとか、又品格といい応対といい、立派な侍の胤《たね》だけあって流石《さすが》だと家中の評も宜しいが、何ぞ功がなければ出世は出来ん、其の功と云うは他《ひと》に勝《すぐ》れた事があるとか、或《あるい》は屋敷に狼藉でも忍入《しのびい》った時に取押えたとか何かなければ迚《とて》もいかんが、如何に伯父甥の間柄でも、伯父に頼んで無理にあゝしてくれ、斯うしてくれと云っては依怙《えこ》の沙汰になって、それでは伯父も済まん訳だから、然《そ》ういう事で私《わし》を此処《これ》へ呼び寄せて、お前が馳走をして引立《ひきたて》を願うと云って、酒などを飲ましてくれちゃ誠に困る、斯様な事が伯父に知れると叱られますから御免……」
 と云い棄てゝ立上る袖を押えて、
大「暫くお待ちを……此の身の出世ばかりでなく、斯《か》く申す大藏も聊《いさゝ》かお屋敷へ対して功がござる、それゆえ強《し》いて願いますわけで」
梅「功が有れば宜しい、何ういう功だ」
大「愚昧《ぐまい》の者にて何事も分りませんが、お屋敷の御家風は何ういう事でござろうか、罪の軽重《けいじゅう》を心得ませんが、先ず御家中内に罪あるものがござります時に、重き罪を軽く計らう方が宜しいか、罪は罪だから其の悪事だけの罪に罰するが宜しいか、私《わたくし》心得のために承知をして置きとうござる」
梅「それは罪を犯したる者の次第にも因《よ》りましょうけれども、上《かみ》たる者は下《した》の者の罪は減じ得られるだけ軽くして、命を助けんければならん」
大「それは然《そ》うあるべき事で、若《も》し貴方の御家来が貴方に対して不忠な事を致しまして、手討に致すべき奴を手討にせんければならん時、手討に致した方が宜しいか、但しお助けなすって門前払いにいたし、永《なが》のお暇《いとま》を出された方がお宜しいか」
梅「其様《そん》な事は云わんでも知れて居る、斬る程の罪を犯し、斬るべきところを助け、永の暇と云って聊《いさゝ》か手当をいたして暇を遣《つか》わす、是が主従《しゅうじゅう》の情というもので、云うに云われん処が有るのじゃ」

        十七

 大藏は感心した風《ふう》をして聞き了《おわ》り、
大「成程甚だ恐入りますが、殿様も誠に御仁慈《ごじんじ》厚く、また御重役方も皆|真《しん》に智仁《ちじん》のお方々だという事を承わって居りますが、拙者はな、お屋敷|内《ない》に罪あるもので、既にお手討にもなるべき者を助けました事が一廉《ひとかど》ございます、此の廉を以てお執成《とりなし》を願います」
梅「むゝ、何ういう理由《わけ》で、人は誰だね」
大「えゝ疾《とう》より此の密書が拙者の手に入って居りますが、余人《よじん》に見せては相成らんと、貴方の御心中を看破《みやぶ》って申し上げます、どうか罪に陥らんようにお取計いを願いとうござる」
梅「何だ、密書と云えば容易ならん事だ」
 と手に取って見て驚きましたも道理で、いつぞや若江から自分へ贈った艶書であるから、かっと赤面致しましたが、色の白い人が赧《あか》くなったので、そりアどうも牡丹《ぼたん》へ電灯を映《か》けたように、どうも美しい好《い》い男で、暫く下を向いて何も云えません。大藏少し膝を進ませまして、
大「是は私《わたくし》の功かと存じます、此の功によってお引立を願いとう存じます、只出世を致したいばかりではないが、拙者|前《ぜん》に津山に於《おい》て親父は二百四十石|領《と》りました、松蔭大之進の家に生れた侍の胤《たね》、唯今ではお目見得|已上《いじょう》と申しても、お通り掛けお目見えで、拙者|方《かた》では尊顔を見上ぐる事も出来ませんから、折々お側へ罷出《まかりい》でお目通りをし尊顔を見
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