「ドーレ有助《ゆうすけ》何方《どなた》か取次があるぜ」
有「はい畏りました」
つか/\/\と出て来ました男は、少し小侠《こいなせ》な男でございます。子持縞《こもちじま》の布子《ぬのこ》を着て、無地小倉の帯を締め、千住の河原の煙草入を提げ、不粋《ぶすい》の打扮《こしらえ》のようだが、もと江戸子《えどっこ》だから何処《どっ》か気が利いて居ります。
有「え、おいでなさえまし、何でござえます」
喜「えゝ松蔭大藏様と仰しゃるは此方《こちら》さまで」
有「え、松蔭は手前でござえますが、何か当用《とうよう》か身の上を御覧なさるなれば丁度今余り人も居ねえ処で宜しゅうござえます、ま、お上《あが》んなせえまし」
喜「いや、然《そ》うじゃアござえません、旦那さまア此方《こちら》さまですと」
織「あい、御免くだされ」
と立派な侍が入って来ましたから、有助も少し容《かたち》を正して、
有「へえ、おいでなせえまし」
織「えゝ拙者は粂野美作守家来渡邊織江と申す者、えゝ早々お礼に罷《まか》り出《い》ずべきでござったが、主用《しゅよう》繁多に就《つ》き存じながら大きにお礼が延引いたしました、稍《ようや》く今日《こんにち》番退《ばんび》きの帰りに罷出《まかりで》ました儀で、先生御在宅なれば目通りを致しとうござる」
有「はい畏りました……えゝ先生」
大「何だ」
有「何《な》んだか飛鳥山でお前さんがお助けなすった粂野美作守の御家来の渡邊織江とかいう人がお嬢さんを連れて礼に来ましたよ」
大「左様か直《すぐ》に茶の良いのを入れて莨盆《たばこぼん》、に火を埋《い》けて、宜《よ》いか己が出迎うから……いや是は/\どうか見苦しい処へ何とも恐入りました、どうか直にお通りを……」
織「今日《こんにち》は宜く御在宅で」
大「宜うこそ……是れはお嬢様も御一緒で、此の通りの手狭《てぜま》で何とも恥入りましたことで、さ何卒《なにとぞ》お通りを……」
織「えゝ御家来誠に恐入りましたが、一寸《ちょっと》お台を……何でも宜しい、いえ/\其様《そん》な大きな物でなくとも宜しい、これ/\其の包の大きな方を此処《これ》へ」
と風呂敷を開《ひら》きまして、中から取出したは白羽二重《しろはぶたえ》一匹に金子が十両と云っては、其の頃では大した進物で、これを大藏の前へ差出しました。
十四
尚も織江は慇懃《いんぎん》に、
織「先ず御機嫌宜しゅう、えゝ過日は図らずも飛鳥山で何とも御迷惑をかけ、彼《あ》の折《おり》はあゝいう場所でござって、碌々お礼も申上げることが出来んで、屋敷へ帰っても此娘《これ》が又どうか早うお礼に出たいと申しまして、実に容易ならん御恩で、実に辱《かたじ》けない事で、彼の折は主名を明すことも出来ず、怖い事も恐ろしい事もござらんが、女連《おんなづれ》ゆえ大きに心配いたし居りました、実に其の折は意外の御迷惑をかけまして誠に相済みません事で」
大「いえ/\何う致しまして、再度お礼では却《かえ》って恐入ります、殊《こと》に御親子《ごしんし》お揃いで斯様な処へおいでは何とも痛入《いたみい》りましてござる」
織「えゝ此品《これ》は(と盆へ載せた品を前へ出し)[#「)」は底本では脱落]何《なん》ぞと存じましたが、御案内の通りで、下屋敷《しもやしき》から是までまいる間には何か調《とゝの》えます処もなく、殊に番退《ばんひ》けから間《ま》を見て抜けて参りましたことで、広小路へでも出たら何ぞ有りましょうが、是は誠にほんの到来物で、粗末ではござるが、どうか御受納下さらば……」
大「いや是は恐入ったことで……斯様な御心配を戴く理由《わけ》もなし、お辞《ことば》のお礼で十分、どうか品物の所は御免を蒙《こうむ》りとう、思召《おぼしめし》だけ頂戴致す」
織「いえ、それは貴方の御気象、誠に御無礼な次第ではあるけれども、ほんのお礼のしるしまでゞございますから、どうかお受け下さるように……甚《はなは》だ何《なん》でござるが御意《ぎょい》に適《かな》った色にでもお染めなすって、お召し下されば有難いことで、甚だ御無礼ではござるが……」
大「何《なん》ともどうも恐入りました訳でござる然《しか》らば折角の思召《おぼしめし》ゆえ此の羽二重だけは頂戴致しますが、只今の身の上では斯様な結構な品を購《と》るわけには迚《とて》もまいりません、併《しか》し此のお肴料《さかなりょう》とお記《しる》しの包は戴く訳にはまいりません」
織「左様でもござろうが、貴方が何《なん》でございますなら御奉公人にでもお遣《つか》わしなすって下さるように」
大「それは誠に恐入ります、嬢さま誠に何とも……」
竹「いえ親共と早くお礼に上《あが》りたいと申し暮し、私《わたくし》も種々《いろ/\》心ならず居りましたが、何分にも番がせわしく、それ故大きに
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