ったって旨いものでは有りません。
甲「うゝーん」
 と倒れた、詰らんものを食ったので、見物の弥次馬が、
△「其方《そっち》へ二人逃げた、威張った野郎の癖に容《ざま》ア見やアがれ、殴れ/\」
 と何だか知りもしないのに無茶苦茶に草履《ぞうり》草鞋《わらじ》を投付ける。
織「これ喜六、よくお礼を申せ」
喜「へえ、誠に有難《ありがて》えことで、初《はじま》りは心配して居りました、若《も》し貴方に怪我でもあらば仕様がねえから飛出そうと思ってやしたが、此の通りおっ死《ち》ぬまで威張りアがって野郎」
 二つ三つ打つを押止《おしと》め、
浪「いや打ったって致し方がありません罪も報いもない此奴《こやつ》を殺しても仕様がないから、御家来|憚《はゞか》りだが彼方《あっち》で手桶を借り水を汲んで来て下さい」
喜「はい畏《かしこ》まりました」
 彼《か》の侍は其処《そこ》に倒れた浪人の双方の脇の下へ手を入れ、脇肋《きょうろく》へ一活《いっかつ》入れる。
甲「あっ……」
 と息を吹反《ふきかえ》す処へ水を打掛《ぶっか》ける。
甲「あっ/\/\……」
浪「其様《そん》な弱い事じゃアいけません、果合いをなさるなら立上って尋常に華々しく」
甲「いえ/\誠に恐入りました、酔《よい》に乗じ甚《はなは》だ詰らん事を申して、お気に障ったら幾重にもお詫《わび》を致します、どうか御勘弁を願います」
喜「今度は詫るか、詫るというなら堪忍してやるが、弱え奴だな、己《おら》ような年い老《と》った弱えもんだと馬鹿にして、三つも四つも殴りアがって、斯う云う旦那に捉《つか》まると魂消《たまげ》てやアがる、我身を捻《つね》って他人《ひと》の痛さが分るだろう、初まりの二つは我慢が出来なかったぞ、己も殴るから然《そ》う思え」
 と握拳を固めてこん/\と続けて二つ打つ。
甲「誠に先程は御無礼で」
 と這々《ほう/\》の体《てい》で逃げて行《ゆ》くと、弥次馬に追掛《おっか》けられて又打たれる、意気地《いくじ》のない事。
織「どうか一寸《ちょっと》旧《もと》の席へ、まア/\何卒《どうぞ》…」
浪「いえ、些《ちっ》と取急ぎますから」
織「でもござろうが」
 と無理に旧《もと》の茶屋へ連戻り、上座《じょうざ》へ直し、慇懃《いんぎん》に両手を突き、
織「斯《か》ようの中ゆえ拙者の姓名等も申上げず、恐入りましたが、拙者は粂野美作守《くめのみまさか》家来渡邊織江と申す者、今日《こんにち》仏参《ぶっさん》の帰途《かえりみち》、是なる娘が飛鳥山の花を見たいと申すので連れまいり、図らず貴殿の御助力《ごじょりき》を得て無事に相納まり、何ともお礼の申上げようもござりません、併《しか》しどうも起倒流《きとうりゅう》のお腕前お立派な事で感服いたしました、いずれ由《よし》あるお方と心得ます、御尊名をどうか」
浪「手前《てまい》は名もなき浪人でございます、いえ恐入ります、左様でございますか、実は拙者は松蔭大藏と申して、根岸の日暮が岡の脇の、乞食坂を下《お》りまして左へ折れた処に、見る蔭もない茅屋《ぼうおく》に佗住居《わびずまい》を致して居ります、此の後《ご》とも幾久しく……」
織「左様で、あゝ惜しいお方さまで、只今のお身の上は」
大「誠に恥入りました儀でござるが、浪人の生計《たつき》致し方なく売卜《ばいぼく》を致して居ります」
織「売卜を……易を……成程惜しい事で」
喜「お前さまは売卜者《うらないしゃ》か、どうもえらいもんだね、売卜者《ばいぼくしゃ》だから負けるか負けねえかを占《み》て置いて掛るから大丈夫だ、誠に有難うござえました」
織「何《いず》れ御尊宅へお礼に出ます」
 と宿所《しゅくしょ》姓名を書付けて別れて帰ったのが縁となり、渡邊織江方へ松蔭大藏が入込《いりこ》み、遂に粂野美作守様へ取入って、どうか侍に成りたい念があって企《たく》んで致した罠にかゝり、渡邊織江の大難に成ります所のお話でございます。此の松蔭大藏と申す者は前に述べました通り、従前美作国津山の御城主松平越後様の家来で、宜《よ》い役柄を勤めた人の子でありますが、浪人して図らず江戸表へ出てまいりましたが、彼《か》の權六とも馴染の事でございますゆえ、權六方へも再三訪れ、權六もまた大藏方へまいりまして、大藏は織江を存じておりますから喧嘩の仲裁《なか》へ入りました事でございます。屋敷へ帰っても物堅い渡邊織江ですから早く礼に往《ゆ》かんければ気が済みませんので、お竹と喜六を伴《つ》れ、結構な進物を携《たずさ》えまして日暮ヶ岡へまいって見ると、売卜《ばいぼく》の看板が出て居りますから、
織「あ此家《これ》だ、喜六|一寸《ちょっと》其の玄関口で訪れて、松蔭大藏様というのは此方《こなた》かと云って伺ってみろ」
喜「はい畏《かしこま》りました、えゝお頼み申します/\」

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