た。こゝに以前此の家に奉公を致していました丹治《たんじ》と申す老爺《じゞい》がありまして、時々見舞に参ります。
丹「えゝお嬢様、何うでがす今日《こんち》は……」
千「おや爺《じい》やか、まアお上りな、爺や此間《こないだ》は誠に何よりの品を有難うよ」
丹「なに碌なものでもございませんが、少しも早く母《かあ》さまの御病気が御全快になれば宜《よ》いと心配していますが、何うも御様子が宜くねえだね」
千「何うかして少しお気をお晴しなさると宜《い》いが、私はもういけない、所詮死ぬからなんて御自分の気から漸々《だん/″\》御病気を重くなさるのだから困るよ、今朝はお医者様を有難う、早速来て下すったよ」
丹「参りましたかえ、あのお医者さまはえらい人でごぜえまして、何でもはア此の近辺の者で彼《あ》の人に掛って癒《なお》らねえのはねえと云う、宅《うち》も小さくって良いお出入場《でいりば》も無《ね》えようだが、城下から頼まれて、立派なお医者さまが見放した病人を癒した事が幾許《いくら》もありやすので、諸方へ頼まれて往《ゆ》きますが、年い老《と》って居るから診《み》ようが丁寧だてえます、脉《みゃく》を診るのに両方の手を押《つか》めえて考えるのが小一時《こいっとき》もかゝって、余り永いもんだで病人が大儀だから、少し寝かしてくんろてえまで、診るそうです」
千「誠に御親切に診て下さいますけれども、爺や彼の先生の仰しゃるには、朝鮮の人参の入ってるお薬を飲ませないとお母《っか》さまはいけないと仰しゃったよ」

        二

 其の時に丹治は首を前へ出しまして、
丹「へえー何を飲ませます」
千「人参の入ってるお薬を」
丹「何《ど》のくらい飲ませるんで」
千「一箱も飲ませれば宜《よ》いと仰しゃったの」
丹「それなら何も心配は入りません、一箱で一両も二両もする訳のものじゃアございやせん、多寡《たか》の知れた胡蘿蔔《にんじん》ぐらいを」
千「なに胡蘿蔔ではない人参だわね」
丹「人参てえのは何だい」
千「人の形に成って居るような草の根だというが、私は知らないけれども、誠に少ないもので、本邦《こっち》へも余り渡らない物だけれども、其のお薬をお母《っか》さまに服《た》べさせる事もできないんだよ」
丹「何うかして癒らば買って上げたいもんだが、何《ど》の位のものでがす」
千「一箱三拾両だとさ」
丹「そりゃア高《た
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