大きにお力が附いて大分に宜しいと、殊《こと》の外《ほか》お悦びでお食《しょく》も余程進むような事で」
大「大夫、何ぞお慰《なぐさ》みを」
數「いや私《わし》は誠に武骨な男で、音曲《おんぎょく》や何かはとんと分らん、能が好きじゃ」
大「はア、左様でございますか、それでは能役者を」
數「いや連れて来たよ、二人次の間に居《お》るが、せめて皷《つゞみ》ぐらいはなければなるまいと思って、婦人で皷を能《よ》く打つ者があって、幸いだから、私《わし》が其の婦人《おんな》を連れてまいった」
大「それは少しも心得ませんでした、何時《いつ》の間《ま》にまいりましたか」
數「芸者どもは少し端《はし》へ寄って居れ」
 と是から灯《あかり》を増し折から月が皎々《こう/\》と差上《さしのぼ》りまして、前の泉水へ映じ、白萩《しろはぎ》は露を含んで月の光りできら/\いたして居《お》る中へ灯《あかり》を置きまして、此方《こちら》には芸者が並んで居りますから、何方《どちら》を見ても目移りが致しますような有様、今|襖《ふすま》を開けて出て来ましたは仙台平《せんだいひら》の袴《はかま》に黒の紋付でございます。其の頃だから半髪青額《はんはつせいてん》でまだ若い十七八の男と、二十七八になる男と二人がすうと摺足《すりあし》をして出て来ました。脇を見ると隅の方に女が一人|振袖《ふりそで》を着まして、調べを取ってポン/\という其の皷の音が裏皮へ抜けまして奥へ響き中々上手に打ちます。大藏は何うして何時の間に斯様《かよう》な能役者を連れて来たかと思って見ますと、どうも見た様な能役者であるとは思いましたが、松蔭にも分りません。少し前へ膝を進めて熟々《よく/\》見ますと若い方は先年お暇《いとま》が出て、お屋敷を追放になりました渡邊織江の忰《せがれ》の祖五郎、今一人は春部梅三郎、両人共にお屋敷を出て居《お》って、二人が何うして此処《こゝ》へ能役者に成って来たことかと、皷打《つゞみうち》を見ると祖五郎の姉のお竹ですから松蔭は驚きまして、是は何ういう訳かと濱名左傳次と互《たがい》に顔を見合せて居ります内に、舞もしまいました。
數「大きに御苦労/\、さア/\こゝへ来て、ずうっとこゝへ来な、構わずに此処《こゝ》へ来て一盃《いっぱい》……それから松蔭もこゝへ来て……えゝ、これは貴公も知って居《お》る通り、渡邊織江の忰祖五郎で、彼《あれ》
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