なれば、目付も少し困って、其の返答に差支《さしつか》えた様子であります。
目「むゝう、權六の申す所一応は道理じゃが、殿様より遠慮を仰せ出《いだ》された身分で見れば、それを背《そむ》いてはならん、最も外出致すを遠慮せんければならん」
權「外出《がいしつ》だって我儘に旨《うめ》え物を喰いに往《ゆ》くとか、面白いものを見に往《い》くのなれば遠慮ういたしますが、殿様のお側を守るなア遠慮は出来ねえ、外出《がいしつ》するなって其様《そん》な殿様も無《な》えもんだ」
四「えゝ四郎治申上げますあの通り訳の分らん奴で、然《しか》るをお目付は權六のみを贔屓いたされ、勘八一人唯悪い者と仰せられては甚だ迷惑をいたします事で、殊《こと》にお目付も予《かね》てお心得でござろう、神原五郎治の家《いえ》は前《ぜん》殿様よりお声掛りのこれ有る家柄、殊に遠山權六が如き軽輩と違って重きお役をも勤める兄でござる、權六と同一には相成りません、權六は上《かみ》の仰せ出《いだ》されを破り、外出を致したをお咎めもなく、格別の思召《おぼしめし》のこれ有る所の神原五郎治へお咎めのあるとは、実に依怙《えこ》の御沙汰かと心得ます、左様な依怙の事をなされては御裁許役とは申されません」
目「黙れ四郎治、不束《ふつゝか》なれども信樂豊前は目付役であるぞ、今日《こんにち》其の方らを調ぶるは深き故有っての事じゃ、此の度《たび》御出府に成られた、御国家老福原殿より別段のお頼みあって目付職を勤めるところの豊前に対して無礼の一言であるぞ」
四「ではございますが、余り片手落のお調べかと心得ます」
目「其の方は部屋住《へやずみ》の身の上で、兄の代りとはいえども、其の方から致して内庭へ這入るべき奴では無い、然《しか》るを何《な》んだ、其の方が家来に申付けて内庭を廻れと申付けたるは心得違いの儀ではないか、前《ぜん》殿様より格別のお声がゝりのある家柄、誠に辱《かたじけ》ない事と主恩《しゅおん》を弁《わきま》えて居《お》るか、四郎治」
四「はい、心得居ります」
目「黙れ、新参の松蔭大藏と其の方兄五郎治兄弟の者は心を合せて、菊之助様をお世嗣《よつぎ》にせんが為《た》めに御舎弟様を毒殺いたそうという計策《たくみ》の段々は此の方心得て居《お》るぞ」
四「むゝ」
目「けれども格別のお声がゝりもこれ有る家柄ゆえ、目付の情を以《もっ》て柔和に調べ遣《つか》わす
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