た怪しげなる奴が、米藏の持った提灯をばっさり切って落す。
米「あっ」
と驚く、
織「何者だ、うぬ、狼藉《ろうぜき》……」
と後《あと》へ退《さが》るところを藪蔭からプツーリ繰出した槍先にて、渡邊の肋《ひばら》を深く突く
織「ムヽーン」
と倒れて起上ろうとする所を、早く大刀の柄《つか》に手をかけると見えましたが抜打《ぬきうち》に織江の肩先深く切付けたから堪りません。
織「ウヽーム」
と残念ながら大刀の柄へ手を掛けたまゝ息は絶えました。
二十三
渡邊織江が殺されましたのは、夜《よ》の子刻《こゝのつ》少々前で、丁度同じ時刻に彼《か》の春部梅三郎が若江というお小姓の手を引《ひい》て屋敷を駈落致しました。昔は不義はお家の御法度《ごはっと》などと云ってお手打になるような事がございました。そんならと申して殿様がお堅いかと思いますと、殿様の方にはお召使が幾人《いくたり》もあって、何か月に六斎《ろくさい》ずつ交《かわ》る/″\お勤めがあるなどという権妻《ごんさい》を置散《おきちら》かして居ながら、家来が不義を致しますと手打にいたさんければならんとは、ちと無理なお話でございますが、其の時分の君臣の権識《けんしき》は大《たい》して違って居《おり》ましたもので、若江が懐妊したようだというから、何うしても事《こと》露顕を致します、殊《こと》には春部梅三郎の父が御舎弟様から拝領いたしました小柄《こづか》を紛失《ふんじつ》致しました。これも表向に届けては喧《やか》ましい事であります、此方《こなた》も心配致している処へ、若江が懐妊したから連れて逃げて下さいというと、そんなら……、と是から両人共身支度をして、小包を抱え、若気の至りとは云いながら、高《たか》も家も捨てゝ、春部梅三郎は二十三歳で、其の時分の二十三は当今のお方のように智慧分別も進んでは居りませんから、落着く先の目途《あて》もなく、お馬場口から曲って来ると崖の縁《ふち》に柵矢来《さくやらい》が有りまして、此方《こちら》は幡随院の崖になって居りまして、此方に細流《ながれ》があります。此処《こゝ》を川端《かわばた》と申します。お寺が幾らも並んで居ります。清元の浄瑠璃に、あの川端へ祖師《そし》さんへなどと申す文句のござりますのは、此の川端にある祖師堂で、此の境内には俳優岩井家代々の墓がございます。夜《よ》に入《い》っ
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