ては別に往来《ゆきゝ》もない処で、人目にかゝる気遣いはないからというので、是から合図をして藪蔭へ潜《くゞ》り込み、
若「春部さま」
梅「あい、私《わし》は誠に心配で」
若「私《わたくし》も一生懸命に信心をいたしまして、貴方と御一緒に此の外へ出てしまえば、何様《どん》な事でも宜しゅうございますけれども、お屋敷にいる内に私が捕《つかま》りますと、貴方のお身に及ぶと存じて、本当に私は心配いたしましたが、宜《よ》く入らしって下さいました」
梅「まだ廻りの来る刻限には些《ちっ》と早い、さ、これを下りると川端である、柵が古くなっているから、直《じき》に折れるよ、裾《すそ》をもっと端折《はしょ》らにゃアいかん、危いよ」
若「はい、畏《かしこま》りました、貴方宜しゅうございますか」
梅「私《わし》は大丈夫だ、此方《こちら》へお出《い》でなさい」
と是から二人ともになだれの崖縁《がけべり》を下《お》りにかゝると、手拭ですっぽり顔を包み、紺の看板に真鍮巻《しんちゅうまき》の木刀を差した仲間体《ちゅうげんてい》の男が、手に何か持って立って居《い》る様子、其所《そこ》へ又一人顔を包んだ侍が出て来る。若江春部の両人は忍ぶ身の上ゆえ、怖い恐ろしいも忘れて檜《ひのき》の植込《うえごみ》の一叢《ひとむら》茂る藪の中へ身を縮め、息をこらして匿《かく》れて居りますと、顔を包んだ侍が大小を落差《おとしざし》にいたして、尻からげに草履《ぞうり》を穿《は》いたなり、つか/\/\と参り、
大「これ有助」
有「へえ、これを彼《か》の人に上げてくれと仰しゃるので、へい/\首尾は十分でございましたな」
大「うん、手前は之を持って、予《かね》ての通り道灌山《どうかんやま》へ往《い》くのだ」
有「へい宜しゅうございます、文箱《ふばこ》で」
大「うん、取落さんように致せ、此の柵を脱《ぬ》けて川を渡るのだ、水の中へ落してはならんぞ」
有「へえ/\大丈夫で」
大「仕損ずるといけんよ」
有「宜しゅうございます」
と低声《こゞえ》でいうから判然《はっきり》は分りませんが、怪しい奴と思って居ります内に、彼《か》の侍はすっと何《いず》れへか往ってしまいました。チョンチョン/\/\。
廻「丑刻《やつ》でございます」
と云う廻りの声にて、先の仲間体の男は驚き慌てゝ柵を潜《くゞ》って出る。春部は浮気をして情婦《おんな》を連れ逃げる身
前へ
次へ
全235ページ中95ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング