ならん、篦棒《べらぼう》め」
 と侍の面部へ唾を吐掛《はきか》けました。

        十三

 斯うなると幾ら柔和でも腹が立ちます、唾を吐き掛けられた時には物も云わず半手拭《はんてぬぐい》を出して顔を拭く内に、眼がきりゝと吊し上りました。相手の三人は酔っているから気が附きませんが、傍の人は直《じき》気が附きまして、
○「安《やす》さん出掛けよう、斯《こ》んな処で酒を呑んでも身になりませんよ、彼《あ》の位妹が出て謝って、御主人が塩梅《あんばい》の悪いのに出て来て詫びているのに、酷《ひど》い事をするじゃアないか、汁を打掛《ぶっか》けたばかりで誰でも大概|怒《おこ》っちまう、我慢してえるが今に始まるよ、怪我でも仕ねえ中《うち》に出掛けよう、他に逃げ処がないから往《い》こう/\」
△「折《おり》を然《そ》う云ったっけが間に合わねえから、此の玉子焼に鰆《さわら》の照焼は紙を敷いて、手拭に包み、猪口《ちょこ》を二つばかり瞞《ごま》かして往《ゆ》こう」
 と皆|逃支度《にげじたく》をいたします。此方《こちら》の浪人は屹度《きっと》身を構えまして、
浪「いよ/\御勘弁|相成《あいなら》んとあれば止むを得ざる事で、表へ出てお相手になろう」
 とずいと提《ひっさ》げ刀《がたな》で立つと、他の者が之を見て。
○「泥棒ッ」
△「人殺しい/\」
 と自分が斬られる訳ではないが、遽《あわ》てゝ逃出すから、煙草盆を蹴散《けちら》かす、土瓶を踏毀《ふみこわ》すものがあり、料理代を払って往《ゆ》く者は一人もありません、中に素早い者は料理番へ駈込んで鰆を三本|担《かつ》ぎ出す奴があります。彼《か》の三人は真赤な顔をして、
甲「さ来い」
浪「然《しか》らばお相手は致しますが、宜くお心を静めて御覧《ごろう》じろ、さして御立腹のあるべき程の粗相でもないに、果合《はたしあ》いに及んでは双方の恥辱になるが宜しいか」
乙「えゝ、やれ/\」
 と何うしても肯《き》きません、酒の上で気が立って居ります、一人が握拳《にぎりこぶし》を振って打掛るを早くも身をかわし、
浪「えい」
 と逆に捻倒《ねじたお》した手練《てなみ》を見ると、余《あと》の二人がばら/\/\と逃げました。前に倒れた奴が口惜《くや》しいから又起上って組附いて来る処を、拳《こぶし》を固めて脇腹の三枚目(芝居でいたす当身《あてみ》をくわせるので)余り食
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