かえ》って御立腹を増すばかり、手前少々腹痛が致しまして、横になって居りまする内に、妹が罷《まか》り出て重々恐入りますが、何卒《なにとぞ》御勘弁を願います」
甲「むゝ、尊公は先刻《さっき》此の方の吸物椀の中へ雪踏を投込んだ奴の御主人かえ」
浪「左様家来の粗相は主人が届かんゆえで有りますから、手前成り代ってお詫を致します、どうか御勘弁を願います、此《かく》の如く両手を突いてお詫を……」
甲「此奴《こいつ》かえ/\」
乙「此者《これ》じゃアなえよ、其奴《そいつ》は前《さき》に昇《あが》っていた奴だ、もっと年を老《と》ってる奴だア、此奴は彼《あ》の娘へ※[#「言+滔のつくり」、第4水準2−88−72]諛《おべっか》に入って来たんだ、其様《そん》な奴をなじらなくっちゃア仕様がねえ、えゝ始めて御意得ます、御尊名を承わりたいね……手前は谷山藤十郎《たにやまとうじゅうろう》と申す至って武骨なのんだくれで、御家来の不調法にもせよ、主人が成代って詫をいたせば勘弁いたさんでもないが、斯《かく》の如く泥だらけになった物が喰えますかよ、此の汁が吸えるかえ」
 と半分残っていた吸物椀を打掛《ぶっか》けましたから、すっと味噌汁が流れました。流石《さすが》温和の仁も忽《たちま》ち疳癖が高ぶりましたが、じっと耐《こら》え、
浪「どうか御勘弁を願います、それゆえ身不肖ながら主人たる手前が成代ってお詫をいたすので、幾重にも此の通り……手を突く」
甲「手を突いたって不礼を働いた家来を此方《こっち》へ申し受けよう、然《そ》うして此方の存じ寄にいたそう」
浪「それは貴方御無理と申すもの、何も心得ん山出しの老人ゆえ、相手になすった処がお恥辱になればとて誉れにもなりますまい、斬ったところが狗《いぬ》を斬るも同様、御勘弁下さる訳には相成りませんか」
乙「ならんければ何ういたした」
浪「ならんければ致し方がない」
甲「斯う致そう、当家《こゝ》でも迷惑をいたそうから、表へ出て、広々した飛鳥山の上にて果合《はたしあ》いに及ぼう」
浪「何も果合いをする程の無礼を致した訳ではござらん」
甲「無いたって食物《くいもの》の中へ泥草履を投込んで置きながら」
浪「手前は此の通り病身で迚《とて》もお相手が出来ません」
甲「出来んなら尚宜しい、さ出ろ、病身結構だ、広々した飛鳥山へ出て華々しく果合いをしなせえ、最《も》う了簡|罷《まか》り
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