と》で大きにお案じ申しました、あれから直ぐにお帰りでしたか、へー此方《こなた》がお父様《とっさま》でございますか、初めてお目に懸りました、手前は業平橋に居ります浪島文治郎と申す武骨ものでございます、お見知りおかれて以後御別懇に願います」
 庄「へー、手前は小野庄左衞門と申す武骨の浪人御別懇に懸《ねが》います、扨《さて》昨夜は娘|町《まち》が計らず御介抱を戴き、殊《こと》にお菓子まで頂戴致し、帰って参ってこれ/\と申しますから、有難く存じ、只今も貴方《あなた》のお噂をして居りました……これ町やお茶を、あイヤお茶は無かったッけ、お湯をあげな、まアこれへお進み下さい」
 文「始めてお目に懸って誠に御無礼なことを申して、お気に障るか知れませんが、昨夜お嬢様に段々御様子を伺った処が、御運悪くお屋敷をお出になって御浪人遊ばした処が、御眼病をお煩いのよし、それを嬢様が御心配遊ばして、お感心に寒《かん》三十日の間|跣足《はだし》参りをなさる、手前も五十八歳になる母が一人ございますが、少し風を引いて頭痛がすると云われても、若《も》しものことがありはしないかと思って心配するのは、子の親を思う情合《じょうあい》ですから、嬢様のお心もお察し申して段々お尋ね申した処、秋田穗庵とか云う医者が真珠の入った薬なれば癒るが、それをあげるには四十金|前金《まえきん》によこせと申したそうで、就《つい》ては誠に失礼でございますが、持合《もちあわ》せている四十金を差上げますから、これでその真珠とやらを購《か》い整え、御全快になれば手前に於《おい》ても悦ばしく存じ、又お嬢様に於ても御孝行が届きますから、誠に失礼でございますが、此の金は明いて居《お》る金でございます、お遣い遊ばして下さいまし」
 庄「へい/\忝《かたじけ》のうございます」
 と片手を突いて見えない眼で文治を見まわして、
 庄「あゝ貴方様は判然《はっきり》は見えませんから分りませんが、お若いお立派な方で、殊に御発明で御孝心の深いことはお辞《ことば》の上に見えすくようで、私《わし》も五十八になる母があるが、少し加減が悪いと恟《びっく》りすると仰しゃるのは御孝心な事で感心でござる、それに見ず知らずのものに四十金恵んで下さるのは誠に有難うございます、お志ばかり頂戴いたしますが、金はお返し申しますから、どうかお持ち帰りを願います」
 文「それでは困ります、折角持って参った金ですからどうかお受け下さいまし」
 庄「いや/\受けません、見ず知らずのお方に四十金戴く訳がございません」
 文「見ず知らずでございますが、昨夜お嬢様にお目に懸ったのが御縁でございます、躓《つまず》く石も縁の端《はし》とやら、貴方の御難儀を承っては其の儘にはおけません、どうかお受け下さいまし」
 庄「どう致して、とても受けられません」
 文「左様なら此の金を上げると云っては失礼でございますが、兎《と》に角《かく》明いて居《お》る金でございますからお遣い下さい」
 庄「いや/\借《かり》ても今の身の上では返えせる目途《もくと》がありませんからお借り申すことは出来ません」
 文「それではお嬢様に」
 庄「いや/\娘も戴く縁がありません」
 文「さア貴方はお堅いが、能くお考えなすって御覧なさい、貴方がいつまでもお眼が悪いと唯《たっ》た一人のお嬢様が夜中《やちゅう》に出て神詣《かみまい》りをなさるのは宜しいが、深夜に間違いでもあれば、これ程お堅い結構な方に瑾《きず》を付けたら何《ど》うなさる、私《わたくし》が金を上げると申したら御立腹でござろうが、子の心を休めるのも親の役でございます、文治郎が失礼の段は板の間へ手を突いてお詫をします、他人と思召《おぼしめ》さずにお受《うけ》を願います」
 庄「あゝこれ/\お手をお上げ下さい、貴方は何《なん》たるお方かなア、大金を人に恵むに板の間へ手を突いて、失礼の段は詫ると云う、誠に千万|忝《かたじ》けのうござる、只今の身の上では一両の金でも貸人《かして》のない尾羽《おは》打枯《うちから》した庄左衞門に、四十金恵んで下さるは、屋敷に居りました時千石加増したより忝けのうござるがナ、手前強情我慢で、これまでは涙一滴|溢《こぼ》さんが、今日《こんにち》只今嬉し涙と云うことを始めて覚えました、なれども此の金は受けられませんから、どうかお持帰りを願います、それを貴方がいつまでも手を突いて仰《おっし》ゃれば致し方がないから切腹致します」
 文「あゝそれは困ります、成程お堅いから仕方がないが、然《しか》らば金で持って参ったから受けて下さるまいが、薬なら受けて下さるだろうな」
 庄「薬も廿四銅か三十銅の品なら受けますが高金《こうきん》の品では受取れません」
 文「左様なら致し方がないが、どうかお気に障《さ》えられて下さるな」
 庄「どう致しまして、これお茶を、お茶も上げられません、貴方に戴いたお菓子が二ツ残って居ります、彼《あ》れをお上げ申せ」
 文「どう致しまして、左様ならお暇《いとま》申します」
 町「親父は頑固《いっこく》ものですから、お気に障りましたろうが、どうか悪く思召さないで下さいまし、御機嫌《ごきげん》宜しゅう」
 と板の間まで出て見送ります。文治もどうかして金を遣りたいが、所詮金では受けないから薬にして持って往って遣ろうかと、いろ/\に工夫をしながらうか/\と路地を出に掛りますと、入って来たのはまかな[#「まかな」に傍点]の國藏と云う奴で、九月の四日に文治に拳骨で擲《は》り倒されまして、目が覚めたようになって頻《しき》りに稼《かせ》いで、此の長家《ながや》へ越して来たと見えて、夜具縞《やぐじま》の褞袍《どてら》を着て、刷毛《はけ》を下げまして帰って来まして、文治と顔を見合せて恟《びっく》りしました。
 國「おや旦那」
 文「おう國藏か、どうした」
 國「こりゃア不思議だ、貴方《あんた》は何《ど》うして此処《こゝ》へ」
 文「少し知己《しるべ》があって来たが、此の節は辛抱するか」
 國「えい漸《ようや》く辛抱するようになって、私《わっち》が仕事をするようになって、先《せん》の家《うち》では狭いから此処へ越して来たが、家《うち》のお浪はお前さんを有難がって、お目に懸りたいと云っても、貴方の処へは最《も》う上れねえが、幸い今日は店振舞《たなぶるまい》で障子が破れていて仕様がねえから刷毛を借りて来て張る処だ、鳥渡《ちょっと》宅《うち》へ往って蕎麦《そば》のお初《はつ》うを食ってやっておくんなせえ、お浪/\業平橋の旦那にお目に懸ったからお連れ申したよ」
 浪「おやまア不思議じゃアないか、此方《こっち》の心が届いて旦那にお目に懸られるのだねえ、さア/\此方《こちら》へ/\」
 國「さア此方《こちら》へ上って下せえ」
 文「好《い》い家《うち》だの」
 國「えゝ先《せん》の家《うち》より広いのは長家を二軒借りたから広くなりやした、なアに家なんざア何《ど》うでもいゝが、私《わっち》も畳の上で死なれるようになったのは旦那のお蔭です、忘れもしねえ九月の四日、私《わっち》が嚊を連れて旦那の処へ強請《ゆす》りに往った処が私《わっち》の襟首《えりっくび》を掴《つか》めえての御意見が身に染《し》みて、お奉行様の御理解でも聾《つんぼ》程も聞かねえ國藏が改心して、これから真人間になって稼ごうと思ったけれども、借金があって真面目になることが出来ねえと思っていると、お前《めえ》さんが金を下すったから、それで借金の目鼻を付け、四ツ目の親分の所へ往って、これから仕事をすると云った処が、親分も大層悦んで仕事をよこしてくれやしたが、先の家じゃア狭くって仕事が出来ねえから、今日此処へ移転《ひっこ》して来て、蕎麦を配るからどうか旦那にお初うを上げたいと思っていたが、丁度いゝ処でのうお浪」
 浪「本当ですよ、旦那様にお目に懸ってお礼を申し上げたいと思っても、着て行《ゆ》くものがありませんから損料でも借りて着て行《い》こうと思って」
 國「黙ってろ、おい/\お浪、何方《どこ》の蕎麦屋へでも早く往って大蒸籠《おおぜいろ》か何かそう云って来な、駈け出して往って来い、コヽ跣足《はだし》で往け、へい申し旦那、お浪の云う通り損料を借りて紗綾羽二重《さやはぶたえ》を着て往ってもお悦びなさる旦那じゃねえ、損料を着て往けば立派だが、その時限りのことで、家《うち》へ帰《けえ》って来れば直ぐなくなって仕舞うから、それよりゃアその金を借金方へ填《う》めて精出し、働らいて儲《もう》けた銭で買った着物を着て往かなけりゃアならねえと思って居りやす、旦那え不思議なことにゃアお浪が此の頃|神信心《かみしんじん》を始めやした、彼奴《あいつ》は男を七人殺しやした奴ですぜ、それが手で殺すのじゃアねえのさ、皆《みんな》口で欺《だま》して殺すというのは、欺された男が身を投げたり首を縊《くゝ》ったりしやしたのさ、そう云う奴が観音様を拝むようになったから、観音様を拝んでも御利益《ごりやく》があるものか、それよりも首を継いでもらった旦那を拝めってなアお浪、あ、今彼奴は蕎麦屋へ行ったっけ」
 文「そりゃア悦ばしいのう、己《おれ》の云うことを聞いて手前が改心すれば、彼《あ》の時打擲したことは文治郎が詫るぞ」
 國「勿体《もってえ》ねえことをお云いなさる、此間《こないだ》親父の墓場へ往って石塔へ向って、業平橋の旦那のお蔭でお前《めえ》の下へ入《へい》れるようになったよと云ったが、親父も草葉の蔭で安心しましたろうと思いますのさ」
 文「これは誠に少しばかりだが、家見舞だから取って置いてくれ」
 國「旦那こんなことをなすッちゃアいけねえやね」
 文「手前の身祝いだから取って置いてくれ」
 國「あれサ、これを戴くと身を苦しめねえで貰った銭だから、折角戴いても軍鶏鍋《しゃもなべ》でも食って寝て仕舞ったり何かして為にならねえから止《よ》しておくんなせえ」
 文「それはそうだろうが、これは己《おれ》の志だから受けてくれ、また炭|薪《まき》や何か入用《いりよう》ならいつでも取りに来るがいゝよ」
 國「有難うございます」
 と云われ文治も嬉しく思って居りますと、その内蕎麦が参りましたから馳走《ちそう》になって、四方山《よもやま》の話をして居りますと、一軒置いて隣りの小野庄左衞門の所へ秋田穗庵が剣術遣いを連れて来て、
 秋「さアこれへ/\」
 町「お父様《とっさま》又穗庵様が入っしゃいましたよ」
 庄「よく来るな、蒼蠅《うるさ》いなア」
 秋「先刻は誠に失敬を申して相済みません、あれから帰りがけに割下水の先生の所へ寄りますと、大呵《おおしか》られ、貴様の云いようが悪いから出来る縁談も破談になる、只《た》った一人の御息女を妾手掛に欲《ほし》いと云うから御立腹なすったのだ、此方《こちら》では御新造《ごしんぞ》に貰い受けたいのだ、御縁組を願いたいのだ、手前では分らんから此の方を御同道いたすようにと云って、これにお代稽古《だいげいこ》をなさる和田原八十兵衞《わだはらやそべえ》先生をお連れ申しました、さア先生これへ/\」
 八十「手前は和田原八十兵衞と申すもので、先程穗庵が参って御様子を伺うと、先生が殊の外《ほか》御立腹で、早速手前に参って申し開きをして参れと云い付けられて参ったが、先程穗庵が妾に貰い受けたいと申したのは全くの間違で、実は御新造にお貰い申したいと云うので、媒妁《なこうど》もお気に入らんければどのようにも致しますが、先生は最《も》う御息女をお貰い申したように心得て居って、貴方を御舅公《ごしゅうとご》のように心得て、御眼病がお癒《なお》りにならんければ困るからと云って、これへお目薬料として五十金持って参ったが、これではお少ないと思し召すかも知れませんが、暮のことでござれば春の百両とも思し召されて」
 庄「お黙んなさい、なんだ五十両では少いが春の百両とも思ってとはなんの事だ、穗庵|私《わし》の娘をいつ此の先生の所へ遣りたいと申しました、遣るとも遣らんとも定《きま》らん内に金を持って来るとはなんだ、お前は媒妁口を利《き》いて宜
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