く訳を云いねえ、えゝおい、如何《どう》[#「如何《どう》」は底本では「如何《どう》う」と「う」が重複]云う訳だ」
友「どう云う訳だってお村はスッパリ大伴の襟に附《つい》て、百両が三百両になった」
森「百両が三百両になれば殖《ふ》えたのだから結構じゃアねえか」
友「いゝえ私は半分死んで居ります」
森「訳が分らねえ……人が立っていけねえよ、己に話して聞かせねえ、待ちねえよ、向《むこう》の都鳥と云う茶店《ちゃみせ》へ行《ゆ》きねえ……何を見やアがる、狂気《きちげえ》でも何《な》んでもねえ」
と漸《ようや》く都鳥の店へ来て、
森「表は人が立つといけねえ、連れて来た人は少し怪我人の様な病人の様な変な者だが、薄縁《うすべり》か何か敷いてくんねえ……おい友さん腰を掛けねえ」
友「へえ/\」
森「確《しっか》りしねえ」
友「確りたって私は半分死んで居ります」
森[#「森」は底本では「友」と誤記]「そんな事を云ったって分らねえ、どうしたのだ」
友「百両が三百両になりました」
森「それは結構じゃアねえか、殖えたのだ」
友「初めは私が勝ったので、二度目が負けたので、企《たく》んだのだ、お村様と云えと云います」
森「何を云うのか分らねえ、困るな、水を一杯《いっぺい》飲みねえ」
友「どうせ川へ這入れば水は沢山《たんと》飲めますから入りません」
森「しょうがねえな、どう云う訳だ、お前《めえ》も本所の旦那の子分、己も子分だ、旦那が表へ出られなくっているのに子分が本所へ来て恥辱《けじめ》を食って、身を投げるとはどういう訳だ、旦那は子分が喧嘩で負《ひけ》を取っては見てはいられねえ、お前《めえ》の敵《かたき》は己が取るから相手を云いねえ」
友「相手は剣術|遣《つか》い」
森「なに、それじゃア己にはいけねえが、誰だ」
友[#「友」は底本では「文」と誤記]「それはお村に惚れているので、前々《ぜん/\》から私を欺《だま》して百両を三百両にしてお村を取上げ、私は半分死んで居ります」
森「分らねえな、……爺《じい》さん、旦那を喚《よ》んで来るから鳥渡《ちょっと》此の人を此処《こゝ》へ置いてくんねえ」
爺「貴方がお出《いで》なすっては困ります、彼《あ》の人が駈出すと困りますよ」
森「少しは駈出すかも知れねえが、直《じき》だから」
と云い捨てゝ、森松が業平橋へ来て文治郎に云うと、文治郎も心配しても外《ほか》に仕方がないから、お母様《っかさま》には上州前橋の松屋新兵衞が来て逢いたいから吾妻橋の海老屋で待っているとお母様に言ってくれと、こしらえ事ではありますが、人の為と思い、母に話しますると、外の者では遣《や》らぬが、松屋さんなら逢ってくるが宜《よ》いと云うので、森松と同道で都鳥と云う茶店へ来て、
森「爺さんいるかえ」
爺「居《お》ります、時々縁台から下りまして川を覗《のぞ》いて居ります」
森「心配《しんぺい》はねえ、旦那が来たから」
爺「御苦労様、お医者様ですか」
森「お医者様じゃねえ……旦那|此方《こっち》へ」
文「友さん、大分《だいぶ》面部へ疵《きず》を受けたねえ、どうした、確《しっ》かりしなくてはいかぬ、身を投げて死ぬなどとそんな小さい根性を出してはいかぬ、どう云う訳か、心を落付けて話しなさい」
森[#「森」は底本では「友」と誤記]「旦那が来たよ、話しねえ」
友「へゝ有難う、誰が来ても私は半分死んで居ります」
森「あんなことを先刻《さっき》から云うので分りません、確《しっか》りしねえ、旦那だよ」
文「私《わし》だが分るかえ」
友「へー、お村様と云いますから、お村のお母《ふくろ》まで向うに附いているので、へー」
森「これは仕様がねえな、旦那が分らねえか」
文「友さん、私《わし》が分りませんか、業平橋の文治郎だが分りませんか」
友「へー/\旦那で、有難い/\能く来て下さいました、旦那様|口惜《くやしゅ》うございます、何《ど》うか讎《かたき》を討って下さい、私は半分死んで居ります」
文「まア気を落付けなさい、嘸《さぞ》残念であろうが、何《ど》う云う訳でお前は酷《ひど》い目に遇《あ》ったか仔細を云いなさい」
友「へい、私はね旦那様あなたより外《ほか》に讎《かたき》を取って戴く方はございません、貴方の処へ参りたいと思いましても、此の二月貴方に一言《いちごん》のお話もしませんで銀座三丁目へ越し、つい敷居が高くなり御無沙汰になりましたが、是れも皆お村の畜生が悪いからで、何卒《どうぞ》御勘弁なすって下さい」
文「まア無沙汰の詫事《わびごと》はどうでも宜《よ》いが、お村はどうした」
友「へい、お村は向うへ取られ、金も百両取られました上で打《ぶ》たれました」
文「女房と金を取られて打擲されるとはお前に何か悪い事があるだろう、自分の悪いことを隠してはいかぬ、讎《かたき》を取って貰いたければ私《わし》に話しなさい、又趣意に依《よ》って話をつけてお前の顔の立つ様にもしよう、そうじゃないか」
友「へー有難い/\、森松さんお出でなさい」
森「今|漸《ようや》く私《わっち》の顔が分ったのか、しょうがねえ、おい水を飲みなせえ」
文「どう云う訳かえ」
友「へー、この二月|月末《つきずえ》、本所北割下水大伴蟠龍軒と云う剣術遣いの先生の舎弟の蟠作と云うものが店へ来て、誂《あつら》え物があるから宅へ来いと云われるから、度々《たび/\》参りますと、結構な品々を買ってくれ、御馳走をして祝儀をくれ、有難い得意が出来たと思い、足を近く参りました、そうすると向うでも、度々参りますから私《わたくし》の好き嫌いも知るようになりました、後月《あとげつ》十一日に私《わたし》が参りますと、阿部忠五郎と云う人が舎弟の蟠作と碁を打って居りまして、私の碁の好きなのを知って、碁を打て/\と云いますから、私も相手になって一二番打つと、遂《つい》に賭碁にしろと云い、初めは私《わたくし》が勝ちましたが、段々仕舞に負けまして、大伴蟠龍軒から金を借りましたので、すると百両と纒《まと》まった金だから証文にしろ、若し金が滞《とゞこお》ったらば抵当《かた》に女房お村を召使に上げるということを証文|表《おもて》に書き、それもほんの洒落だからと申しますから、冗談の心持で阿部忠五郎と云う奴に証文を書いて貰って、うっかり印形を捺《お》したのです」
文「それはまア飛んだ目に遇った、企《たく》んでいたのだな」
友「企んだって企まないってそれ程とは存じません、門弟衆にはお旗下《はたもと》もあり、お歴々もあるから、よもやそんな真似はしようとは思いませんが、前々《ぜん/\》からお村に惚れていた故|欺《だま》したのです」
文「それからどうした」
友「それで百両負けて仕舞って、晦日《みそか》に言訳に行《ゆ》くと、宜しい、返さなくっても宜しいと申し、客があるから一両日お村を貸せと云うから働きに連れて行くと、昨日《きのう》まで返しません、余《あんま》り返しませんから、お村を迎いに行くと、金を返さぬからお村を蟠作の妾にして毎晩抱いて寝て、手前の方へは返さぬから金を持って来いと云うから、私はどうも恟《びっく》り致しました、余《あんま》りでございますから七所借《なゝとこがり》をして金を持って参り、突き付けまして、お村を返せと云うと、旦那様、お崎|婆《ばゞあ》も大伴へ参って居ります、其の上お村がお前のような意気地《いくじ》なしの女房になるのは厭だと云い、婆《ばゞあ》は手前には娘を遣らぬと申し、皆向うへ附いて口惜しゅうございますから、お村に文治郎様に義理が済むまいと申しますと、お村とはなんだ、お村様と云え、様を附けろと云うから、糞《くそ》でも喰《くら》え、それじゃア騙りだと云うと、私《わたくし》の頭を鉄扇で打ち、門弟が髻《たぶさ》を取って引摺り出し、打ち打擲するのみならず、割下水へ倒《さか》さまに突込《つきこ》まれて私《わたくし》は半分死んで居ります」
文「憎い奴だなア」
友「憎いって憎くねえって、森松さん可愛そうと思って下さい」
森「酷《ひど》い奴で、彼奴《あいつ》は悪党でげすな、旦那」
文「ふーん、それで百両返しにいって其の百両はどうなった」
友[#「友」は底本では「文」と誤記]「百両借りた証文が三百両となりました、百と云う字と金の字の間へ三の字を平ったく書いたのですから、騙りと云うのは当然《あたりまえ》でげしょう」
文「其の金はどうした」
友「其の金は其処《そこ》へ置いて掛合ったので」
文「持って帰ったか」
友「掛合中に突然《いきなり》に引摺り出されたから目の前にあっても取る事は出来ません」
文「成程、至極尤もだ、友さん如何《いか》にもお前は善人だ、金と女房を取られた上に打《ぶ》たれて気の毒千万だ、私は母に誡《いまし》められて喧嘩の中へ這入《はい》ることは出来ません、素《もと》より人の掛合に頼まれることはせぬ積りだが、どう云う訳か去年の暮から別懇になったからして如何にも気の毒だから、私が往《い》って百両の金だけは取返して上げまいものでもないが、女房お村の取返しは御免だ、其の位企みをして妾にしようとするお村を取返さんとすれば面倒になり、どのようなる理不尽なことをするか知れぬ、其の時は引くに退《ひ》かれぬ場合になる故に、お村を取返すことは私《わし》は頼まれぬ、お村は諦めな、あれはいかぬ、お前の為にならぬ女だ、あれが了簡の不実なのは見抜いて知っている」
友「旦那様、そう仰しゃいますが、私《わたくし》はあれは諦らめられません、私《わたし》は彼奴《あいつ》故主人を失策《しくじ》り、友達には笑われ、去年牛屋の雁木で心中する処を助けられ、漸《ようや》く夫婦になった者を、取られた上に打ち打擲されて、これもお村故でございます、仮令《たとえ》一晩でも取返して女房にした上、表へ逐出《おいだ》そうとも、彼奴が鬢《びん》の毛を一本々々引抜いて鼻でも切って疵だらけにしなければ腹が癒《い》えませんから」
文[#「文」は底本では「森」と誤記]「其様《そんな》ことをしたって詰らぬから、私《わし》の言うことを聞いて、あれは諦めな、負けたのはお前の過《あやま》りだから、百両の金で不実な女房を売ったと思って、諦めた方が宜しい」
友「私《わたくし》は諦められません、私《わたくし》が取《とり》かえして半年でも女房にして逐出します」
文「出したり入れたりしては詰らぬから、それよりはお村よりも優《まさ》った立派な女房を文治郎が世話をしようから、あれは諦めな、為にならぬから」
友「為にはならぬが、あの畜生、お村様と云えと云いました」
文「諦めなよ」
友「あきらめられません、三日でも宜しい、三日夫婦になって、彼奴《あいつ》の顔を疵だらけにして逐出します」
文「そんな奴があるものか、お村に未練があるなればお断りだ」
森「しょうがねえ、友さん、旦那があきらめろと云うから諦めねえよ」
文「諦めるなれば百両は取返して遣《や》ろう、だがそれ程企んで取った百両だから、返すかどうか知れぬ、元より取返そうとすれば喧嘩になり、退《ひ》くに退かれなければ世間を騒がせなければならぬ、お前に気の毒だから、若し向うで百両を返さぬとなれば百金は私《わし》が償《つぐな》ってお前に上げる心得だ、お前の為に百両は損をする気で中へ這入るのだから、其の志を無《む》にしないで、お村を諦めなさいよ」
友「へー/\私《わたくし》はあきらめましょうが口惜《くやしゅ》うございます、私は実に残念でございます」
文「嘸《さぞ》残念であろうが、其の代り後《あと》は幸福《しあわせ》になる」
友「彼奴《あいつ》を諦めます代りには彼奴唯は置きません、走り大黒様へ針を打ちます」
文「そんな詰らぬことを云ってはいかぬ、何処《どこ》か近所に医者があるだろう」
と茶店の亭主に医者を尋ねさせ、外科医者が来て頭の疵に膏薬《こうやく》を付け、駕籠に乗せて友之助を帰し、翌日夕景から、母の前は松新が迎いに来た体《てい》にして、文治郎は大伴蟠龍軒の玄
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