た、それゆえに前には船の形を致しました石塚でありましたそうで、其の頃は毎月《まいげつ》廿五日は御縁日で大分《だいぶ》賑《にぎわ》いました由にございます。其の天神前で文治は計らずも助けました娘は、親父《おやじ》が眼病ゆえ毎夜親の寝付くを待って家《うち》を抜け出して来て、天神様へ心願を掛けましたと云う事を聞いて、文治が不憫《ふびん》と思って四十両の金を遣《や》りましたけれども、娘は堅いからとんと受けませんで、親父に手渡しにしてくれと云うから、文治も感心し、介抱して松倉町の角まで送って来ると、前《ぜん》申しました剣術遣いの内弟子でございましょう、荒々しい士《さむらい》が無法にも商人《あきんど》を斬ろうとする所ですから、文治が中へ入って和《やわ》らかに詫をすると、付けあがり、容赦はしない、打《ぶ》ち斬って仕舞うと云いながら長柄《ながつか》へ手を掛けたから、文治もプツリッと親指で鯉口を切り、一方《かた/\》の手には蛇の目の傘を持ち、高足駄《たかあしだ》を穿《は》いた儘両人の中へ割込むと、
士「此奴《こやつ》中々出来そうな奴だ」
と云いながら刀を抜うとする処を、文治が蛇の目の傘を以て一人の膝《
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