いや》と云う蝋燭屋《ろうそくや》の裏でございます」
森「フム、けちな蝋燭屋だ」
文「お父さんは何をしておいでだえ」
娘「筆耕書《ひっこうかき》でございます」
森「なんだとシッポコかきだとえ」
文「なアに版下《はんした》を書くんだ、お父さんの御尊名は何と仰しゃいますえ」
娘「はい小野庄左衞門《おのしょうざえもん》と申します」
文「何処《どちら》の御藩中ですか」
娘「中川山城守《なかがわやましろのかみ》の藩中でございます」
文「士気質《さむらいかたぎ》ではうっかりお受取《うけとり》なさいますまいから、明日《みょうにち》私が持って往って上げましょう、気を付けてお帰んなさいよ」
娘「有難うございます、左様なら」
文「此処にお茶受に出たお菓子があるから持っておいで、あれさ、食物《たべもの》は宜しい」
と紙へ沢山包んで、
文「さアお持ちなさい」
と出された時は孝行な娘だから親に旨い物を食べさせたいが、窮して居りますから何一つ買って食べさせられないから、
娘「有難うございます」
と云って手に取って貰う時に、始めて文治の顔を見ますと、美男の聞えある業平文治でござります、
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