さずと云うお父様の御遺言《ごゆいごん》を忘れたか、母の誡《いまし》めも忘れて、額《ひたい》へ疵を拵えて来るような乱暴の者では致し方がない」
 文「いえ/\中々喧嘩口論などは彼《あ》の後《ご》は懲りて他《よそ》へも出ませんくらいでございますから決して致しません」
 母「いゝえなりません、男親なら手討にする処私も武士の家に生れ、浪島の家へ嫁《かたづ》きましたが、親父様《おやじさま》のない後《のち》は私がなり代って仕置をしなければならぬ、何《なん》のことだか血の流るゝ程面部へ傷を付けて来るとは怪《け》しからぬ、其の方の身体ではあるまい、母の身体であるぞ、其の母の身体へ傷を拵えて来るのは其の方が手を下《おろ》さずとも母の身体へ其の方が傷を付けたのも同じこと、又先方の者を手前が斬って来た様子」
 文「どう致しまして、なか/\人を害すようなことは先頃から致しません」
 母「いゝえ成りません、顔の色が青ざめて唇の色まで変って居《お》る、先方の人を殺さなければ、これから斬込むという様子、若《も》し未《ま》だ殺さなければ母の身体に傷を付けた者を何《な》ぜ斬らぬ、母の敵《かたき》と云って直ぐ斬ったろう」

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