昼頃になると、お村が三組《みつぐみ》の葢物《ふたもの》に色々な物を入れて持って参ります。文治は「お前がそうやって毎日長い橋を渡って持って来るのは気の毒だから来てくれないように」と断っても此方《こちら》は友之助に云い付けられたから、毎日々々雨が降っても風が吹いても吾妻橋を渡って参ります。或日の事文治郎は森松を使《つかい》に出して独りで居りますと、空はどんよりとして、梅も最《も》う散り掛って暖《あった》かい陽気になって来ました。お村の姿《なり》は南部の藍の乱竪縞《らんたつじま》の座敷着[#「着」は底本では「看」と誤記]《ざしきぎ》を平常着《ふだんぎ》に下《おろ》した小袖《こそで》に、翁格子《おきなごうし》と紺繻子《こんじゅす》の腹合せの帯をしめ、髪は達摩返しに結い、散斑[#「斑」は底本では「班」と誤記]《ばらふ》の櫛《くし》に珊瑚珠《さんごじゅ》五分玉《ごぶだま》のついた銀笄《ぎんかん》を挿《さ》し、前垂《まえだれ》がけで、
 村「旦那、今日《こんにち》は遅くなりまして」
 文「また来たか、誠に心にかけて毎度旨い物を持って来てくれて気の毒だ、商売をしていれば嘸《さぞ》忙《せわ》しかろうから
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