これは亥太郎さんが牢へ行っているから、旦那が見舞に下すったのだ、金が十両あるのだ」
 文「そんなことは云わんでも宜しい」
 森「聾的《つんてき》で分らねえな、お前《めえ》に土産にやるんだよ」
 長「なに十両私に下さるとは何たる慈悲深《なさけぶけ》いお方ですかねえ、亥太郎は交際《つきあい》が広いから牢へ差入れ物をしてくれる人は幾らもありますが、老耄《ろうもう》している親爺《おやじ》の所へ見舞に来て下さる方はありません、本当に貴方はお若いに似合《にあわ》ない親切な方です、暮に差掛《さしかゝ》って忰《せがれ》はいず、何《ど》う為《し》ようかと思っている処へ、十両と纒《まと》まった金を下さるとは有難いことで、御恩の程は忘れません、旦那様|何卒《どうぞ》御勘弁なすって下さい」
 文「なに誠に聊《いさゝ》かですよ」
 長「赤坂へお出《いで》なさるとえ」
 森「聾《つんぼ》だからしょうがねえ、行《ゆ》きましょう/\」
 文「さア帰ろう」
 と森松を連れて宅へ帰りまして、其の年の内にお村と友之助に世帯を持たせなければならんから、諸方を探すと、浅草|駒形《こまかた》に小さい家《うち》だが明家《あきや》が
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