揚げて泣きますから、友之助は一向何事とも分らぬから、兎も角も早く様子が聞きたいと云うので、向島《むこうじま》の牛屋《うしや》の雁木《がんぎ》から上り、船を帰して、是から二人で其の頃|流行《はや》りました武藏屋《むさしや》と云う家《うち》がありました、其の家は麦斗《ばくと》と云って麦飯に蜆汁《しゞみじる》で一|猪口《ちょく》出来ます。其の頃|馴染《なじみ》でございますから人に知れないように一番奥の六畳の小間を借りまして、様子を聞こうと思うと、お村は云う事もあとやさきで只泣く計りでございますから、
 友「どうも何《なん》だか唯泣いてばかりいては訳が分らないじゃアないか、冗談じゃない、又お母《っかあ》と喧嘩でもしたのだろう、お前のお母のあの通りの気性は幼《ちいさ》い時分から知ってるじゃアないか、能く考えて御覧、都合の好《い》い時分に何か買って行って、これをおたべ、これをお着と云って菓子の折《おり》か反物《たんもの》の一反も持って行《ゆ》けばニコ/\笑顔《わらいがお》をするけれども、少し鼻薬が廻らなければ、脹面《ふくれッつら》をして寄せ付けねえと云う不人情なお母だから、どうせお前は喰物《くいもの》になるので可愛そうな身の上だが、これも仕様がないが、まアどう云う喧嘩をしたのだか、手紙に死ぬと書いてあったが、死ぬなどゝ云うのは容易な事じゃアないが、一体どう云う訳だえ」
 村「此の間話したが、アノーお客の御舎《ごしゃ》さんと云う人が手を廻して、お月姉さんから色々私の方へ云ってくれたが、お月姉さんが其の事を直《じき》にお母に云って仕舞ったから、お母は何《なん》でもお客に取れと云うけれども、私は厭だから厭だと云ったら怖ろしく腹を立って、私の結いたての頭髪《あたま》を無茶苦茶に打《ぶ》って、其の上こんな傷をつけて、お客を取らなければ女郎に売って仕舞うと云うのだが、随分売り兼《かね》ない気性だから、若《も》し勤めに入れば、もう逢える気遣《きづか》いはなし、義理のわるい借金もあり、私もお前さんと一緒にならなければ外《ほか》の芸者|衆《しゅ》にも外聞がわるいから、寧《いっ》そ死んで仕舞おうと覚悟をしたが、一目逢って死にたいと思うばッかりに忙がしいお前さんにお気の毒をかけましたが、今日は能く来ておくんなさいました、私の死ぬのは私の心がらで仕方がないのだが、私の亡《な》い後《のち》にはお前さんは情婦《いろ》も出来ようし、良《い》いお内儀《かみ》さんも持ちましょうけれども、私はどんな事をしたって思いを残す訳じゃアないが、余所《よそ》は仕方がないが、どうか柳橋では浮気をしておくれでない、若し柳橋で浮気をなさると、友さん私は死んでも浮ばれませんよ」
 友「詰らない事を云うぜ、お前ほんとうに死なゝけりゃア行立《ゆきた》たないかえ」
 村「あゝ私ゃ本当に死のうと思い詰めたから云いますが、こんな事が嘘に云われますか」
 友「そうか、そんなら話すが実は己《おれ》も死のうと思っている、という訳は、旦那の金を二百六十両を遣《つか》い込んで、払い月だがまだ下《さが》りませぬ/\と云って、今まで主人を云い瞞《くろ》めたが、もう十二月の末で、大晦日《おおみそか》迄には是非とも二百六十両の金を並べなければ済まねえから、種々《いろ/\》考えたが、此の晦日前では好《い》い工夫もつかず、主人に対して面目ないし、自分の楽《たのし》みをして主人の金を遣い果たして、高恩を無にするような事をして実に済まねえ、どうも仕方がないから死のうと覚悟はしても、死にきれねえと云うのは、お前《めえ》を残して行《ゆ》くのはいやだ、と思って七所借《なゝとこが》りをしても、鉄の草鞋《わらじ》を穿《は》いて歩いても、押詰《おしつま》った晦日前、出来ないのは暮の金だ、おめえ本当に覚悟を極めたら己と一緒に死んでくれないか」
 村「えー本当、どうも嬉しいじゃアないか、私も実は一緒に死にたいと思っても、お前さんに云うのが気の毒で遠慮していたが、お前さんと一緒なら私ゃ本当に死花《しにばな》が咲きます、友さん本当に死んで下さるか」
 友「静かにしねえ、死ぬ/\と云って人に知れるといけないから、斯《こ》う云う事なら金でも借りて来て総花《そうばな》でもして華々しくして死ぬものを、たんとは無いが有りッたけ遣《や》って仕舞おうじゃないか、お前も遣ってお仕舞い」
 村「死ぬには何《なん》にも入らないから笄《かんざし》も半纒《はんてん》も皆《みん》な遣って仕舞います」
 友「それでは其の積りで」
 村「本当かえ、嬉しいねえ」
 と迷《まよい》の道は妙なもので、死ぬのが嬉しくなって、お村は友之助の膝に片手を突いて友之助の顔を見詰めて居りましては又ホロリ/\と泣きます。其の時に廊下でパタ/\と音がするから、人が来たなと思い、それと気を付ける時、
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