な》んだ」
國「今隣りの婆《ばあ》さんに聞くと、隣の娘を剣術遣いが妾にしてえ、銭も遣るから云う事を聞いてくれと云うと、その浪人者が飛んでもねえことを云うな、金に目をくれて娘を遣る奴があるものか、見損なやアがったか間抜野郎と云うと、剣術遣いが、おや此《こ》ん畜生《ちくしょう》なんだ此の唐偏木《とうへんぼく》め、貧乏をしているから助けて遣ろうというのだ、生意気な事をぬかしゃアがるなと云うので打合《たゝきあ》いが始まる、剣術遣いがその親父を斬ろうとする、娘が泣き出す、親父は眼こそ見えねえが中々聞かねえで、斬るなら斬れと云う喧嘩の最中だから旦那出ちゃアいけませんぜ」
文「なに、一軒|隔《お》いて隣は小野|氏《うじ》の家に相違ないが、小野に怪我があっては相成らんゆえ、私《わし》が往って取鎮《とりしず》めて遣ろう」
國「旦那が怪我をしちゃアなりませんからお止しなせえ」
文「捨置く訳にはいかん、そこを放せ」
と云いながら日和《ひより》下駄を穿《は》いたなりで駈出《かけだ》し、突然《いきなり》喧嘩の中へ飛込みますると云うお話に相成りますのでございますが、一寸《ちょっと》一服致します。
四
偖《さて》本所松倉町なる小野庄左衞門の浪宅へ、大伴蟠龍軒《おおともばんりゅうけん》と申しまする一刀流の剣術遣いの門弟和田原八十兵衞と、秋田穗庵という医者が参り、娘お町をくれろとの掛合《かけあい》になりましたが、庄左衞門は堅いから向うで金を出したのを立腹して、一言二言《ひとことふたこと》の争《あらそい》より遂にぴかつくものを引抜き、狭い路地の中で白昼に白刃《はくじん》を閃《ひらめ》かし、斬合うという騒ぎに相成りましたから、裏長屋の者は恟《びっく》り致し、跣足《はだし》で逃げ出す者もあり、洗濯|婆《ばあ》さんは腰を抜かし、文字焼《もんじやき》の爺《じい》さんは溝《どぶ》へ転げ落るなどという騒ぎでございます。文治郎は短かいのを一本差し日和下駄を穿き、樺茶色《かばちゃいろ》の無地の頭巾を眉深《まぶか》に被《かぶ》って面部を隠し、和田原八十兵衞の利腕《きゝうで》を後《うしろ》からむずと押え、片手に秋田穗庵が鉈のような恰好《かっこう》で真赤に錆びたる刀を振り上げた右の手を押えながら、
文「暫く/\何卒《どうぞ》暫くお待ちください、何事かは存じませんが、まア/\お話は後《あと》で分りまする事ですから、手前へお免じください、暫くお待ちください、まア/\」
と後《うしろ》から押しまする。和田原八十兵衞は長いのを振上げたなり、
八十「邪魔致すな其処《そこ》放せ」
と云いながらこちらを振り向うとすると、ギュッと手を逆に捻《ねじ》る、七人力も有ります人に苛《ひど》く利き処を押えられ、痛くて向く事が出来ませんから、又|左方《こちら》へ向うとすると、右へ捻りまするから八十兵衞は右と左へぐる/\して居ります。文治郎は、
文「暫く/\」
といいながら狭い路地を押し出して、表へ連れて参りました。後《あと》には娘お町が有難いお人だと悦んで居りました。國藏は又|頻《しき》りに心配して、ぐる/\駈廻《かけまわ》って居りまする処へ文治郎が立帰《たちかえ》って参り、
文「先《ま》ずお怪我がなくてお目出とうございました」
町「おや、あなたは先程の文治郎さま、未《ま》だお帰りにはなりませんでしたか」
文「御同長家《ごどうながや》の内に懇意な者が居りますので、おゝこれ此処《こゝ》に居ります此の國藏の宅に今まで居りました処、此の騒ぎ、怪《け》しからん奴でございましたなア」
町「お父様《とっさま》、先程の文治郎様が今の人達を連れ出してくださいましたとの事、お礼を仰しゃいまし」
庄「誠に種々《いろ/\》御厄介に相成りました、余り不法を申しますから残念に心得、一言二言云うと貴方《あなた》、白刃《はくじん》を振廻《ふりま》わし、此の狭い路地を荒す無法の奴でございます」
國「もし旦那、彼奴等《あいつら》を何処《どこ》へ連れてお往《い》でなさいやしたえ」
文「ウン、表の割下水《わりげすい》の溝《どぶ》の中へ投《ほう》り込んで来た」
國「えゝ溝の中へ投り込んで来たとえ、苛《ひど》い事をお行《や》りなすったねえ、今に上ってきやアしませんか」
文「上っても腕は利かん、逆に捻って胴を下駄で強《ひど》く蹴《け》て、手足を挫《くじ》いて置いたから這い上って帰るだろう」
國「へえ苛い事をなさるねえ、私《わっち》は又|何処《どっ》かの待合茶屋《まちあいぢゃや》へでも連れてって、扨《さて》如何《いかゞ》の次第でございますか、兎に角任せて下さいと云って、お前《めえ》さんが仲人《ちゅうにん》に入って、茶か何か呑ませているんだろうと思って居りました」
文「茶などを呑ませてたまるものか、彼奴等《
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