手前の身祝いだから取って置いてくれ」
 國「あれサ、これを戴くと身を苦しめねえで貰った銭だから、折角戴いても軍鶏鍋《しゃもなべ》でも食って寝て仕舞ったり何かして為にならねえから止《よ》しておくんなせえ」
 文「それはそうだろうが、これは己《おれ》の志だから受けてくれ、また炭|薪《まき》や何か入用《いりよう》ならいつでも取りに来るがいゝよ」
 國「有難うございます」
 と云われ文治も嬉しく思って居りますと、その内蕎麦が参りましたから馳走《ちそう》になって、四方山《よもやま》の話をして居りますと、一軒置いて隣りの小野庄左衞門の所へ秋田穗庵が剣術遣いを連れて来て、
 秋「さアこれへ/\」
 町「お父様《とっさま》又穗庵様が入っしゃいましたよ」
 庄「よく来るな、蒼蠅《うるさ》いなア」
 秋「先刻は誠に失敬を申して相済みません、あれから帰りがけに割下水の先生の所へ寄りますと、大呵《おおしか》られ、貴様の云いようが悪いから出来る縁談も破談になる、只《た》った一人の御息女を妾手掛に欲《ほし》いと云うから御立腹なすったのだ、此方《こちら》では御新造《ごしんぞ》に貰い受けたいのだ、御縁組を願いたいのだ、手前では分らんから此の方を御同道いたすようにと云って、これにお代稽古《だいげいこ》をなさる和田原八十兵衞《わだはらやそべえ》先生をお連れ申しました、さア先生これへ/\」
 八十「手前は和田原八十兵衞と申すもので、先程穗庵が参って御様子を伺うと、先生が殊の外《ほか》御立腹で、早速手前に参って申し開きをして参れと云い付けられて参ったが、先程穗庵が妾に貰い受けたいと申したのは全くの間違で、実は御新造にお貰い申したいと云うので、媒妁《なこうど》もお気に入らんければどのようにも致しますが、先生は最《も》う御息女をお貰い申したように心得て居って、貴方を御舅公《ごしゅうとご》のように心得て、御眼病がお癒《なお》りにならんければ困るからと云って、これへお目薬料として五十金持って参ったが、これではお少ないと思し召すかも知れませんが、暮のことでござれば春の百両とも思し召されて」
 庄「お黙んなさい、なんだ五十両では少いが春の百両とも思ってとはなんの事だ、穗庵|私《わし》の娘をいつ此の先生の所へ遣りたいと申しました、遣るとも遣らんとも定《きま》らん内に金を持って来るとはなんだ、お前は媒妁口を利《き》いて宜《い》い加減のことを云ったのか、小野庄左衞門が貧乏して居《お》るから金にふるえ付くかと思って金を持って来たか」
 秋「これサ御立腹では恐入ります、実は」
 庄「黙んなさい、嫁に貰いようを知らんものがあるかえ、仮令《たとえ》浪人者でも、一人の娘を妾にはせん、婚礼の式は正しゅうしなければならん、お前の先生は嫁の貰いようを御存じないか、見合いも致さず、結納《ゆいのう》も取交《とりかわ》さず、媒妁も入れなければ婚姻にはならん、汚らわしい金なんぞは持って帰らっしゃれ」
 と膝の所へ金を打付《うちつ》けました。
 八十「これはしたり、何も金を持って来る訳ではござらんが、師匠が申したから持って参ったので」
 庄「師匠が金を持って往《ゆ》けと云ったら何故止めん、金を持って往けば先方で立腹するだろうとか何《なん》とか云って、止めなければならんのが弟子の道であるに、師匠が申付《もうしつ》けだと云って、それをいゝ事と心得、何故持って参った、師匠が馬鹿なら弟子まで馬鹿だ、馬鹿|士《ざむらい》とは汝《なんじ》のことだわい」
 八十「此奴《こいつ》なんだ、怪《け》しからん、無礼至極」
 と云いながら長柄《ながつか》へ手をかけて抜こうとすると、小野は丸で見えんのではないから持って居った煙管《きせる》で臂《ひじ》を突きますと、八十兵衞は立上ろうとする途端にひょろ/\として尻餅を突くと、家《うち》が狭いから上流《うわなが》しへ落ちに掛りますと、上流しが腐って居りますから、ドーンと下流しへ落ちました、丸で馬陸《やすで》を見たようです。八十兵衞は愈々《いよ/\》立腹致し、刀を振上げて斬ろうとするから、穗庵もぴかりっと抜きましたがこれはぴかりっとは参りません、錆《さ》びて居りますから赤い粉がバラ/\と出て、ガチ/\/\と鉈《なた》のようなものを抜いて今斬ろうとする。庄左衞門は破《や》れた戸棚《とだな》からたしなみの刀を出してさア来いと云う。娘は慄《ふる》えながら両手をついて、
 町「何卒《どうぞ》お願いでございます、親父は眼病でございますから御勘弁なすって下さいまし」
 と云って泣いている騒ぎを、長屋の者が聞付け、一同心配していると、國藏も引越した計《ばか》り故驚きましたが、此の騒ぎを見て帰って来て、
 國「お浪、旦那をお帰《けえ》し申して、怪我をなすっちゃアいけねえからお帰《けえ》し申しな」
 文「何《
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