致しまして、これお茶を、お茶も上げられません、貴方に戴いたお菓子が二ツ残って居ります、彼《あ》れをお上げ申せ」
文「どう致しまして、左様ならお暇《いとま》申します」
町「親父は頑固《いっこく》ものですから、お気に障りましたろうが、どうか悪く思召さないで下さいまし、御機嫌《ごきげん》宜しゅう」
と板の間まで出て見送ります。文治もどうかして金を遣りたいが、所詮金では受けないから薬にして持って往って遣ろうかと、いろ/\に工夫をしながらうか/\と路地を出に掛りますと、入って来たのはまかな[#「まかな」に傍点]の國藏と云う奴で、九月の四日に文治に拳骨で擲《は》り倒されまして、目が覚めたようになって頻《しき》りに稼《かせ》いで、此の長家《ながや》へ越して来たと見えて、夜具縞《やぐじま》の褞袍《どてら》を着て、刷毛《はけ》を下げまして帰って来まして、文治と顔を見合せて恟《びっく》りしました。
國「おや旦那」
文「おう國藏か、どうした」
國「こりゃア不思議だ、貴方《あんた》は何《ど》うして此処《こゝ》へ」
文「少し知己《しるべ》があって来たが、此の節は辛抱するか」
國「えい漸《ようや》く辛抱するようになって、私《わっち》が仕事をするようになって、先《せん》の家《うち》では狭いから此処へ越して来たが、家《うち》のお浪はお前さんを有難がって、お目に懸りたいと云っても、貴方の処へは最《も》う上れねえが、幸い今日は店振舞《たなぶるまい》で障子が破れていて仕様がねえから刷毛を借りて来て張る処だ、鳥渡《ちょっと》宅《うち》へ往って蕎麦《そば》のお初《はつ》うを食ってやっておくんなせえ、お浪/\業平橋の旦那にお目に懸ったからお連れ申したよ」
浪「おやまア不思議じゃアないか、此方《こっち》の心が届いて旦那にお目に懸られるのだねえ、さア/\此方《こちら》へ/\」
國「さア此方《こちら》へ上って下せえ」
文「好《い》い家《うち》だの」
國「えゝ先《せん》の家《うち》より広いのは長家を二軒借りたから広くなりやした、なアに家なんざア何《ど》うでもいゝが、私《わっち》も畳の上で死なれるようになったのは旦那のお蔭です、忘れもしねえ九月の四日、私《わっち》が嚊を連れて旦那の処へ強請《ゆす》りに往った処が私《わっち》の襟首《えりっくび》を掴《つか》めえての御意見が身に染《し》みて、お奉行様の御理解でも聾《つんぼ》程も聞かねえ國藏が改心して、これから真人間になって稼ごうと思ったけれども、借金があって真面目になることが出来ねえと思っていると、お前《めえ》さんが金を下すったから、それで借金の目鼻を付け、四ツ目の親分の所へ往って、これから仕事をすると云った処が、親分も大層悦んで仕事をよこしてくれやしたが、先の家じゃア狭くって仕事が出来ねえから、今日此処へ移転《ひっこ》して来て、蕎麦を配るからどうか旦那にお初うを上げたいと思っていたが、丁度いゝ処でのうお浪」
浪「本当ですよ、旦那様にお目に懸ってお礼を申し上げたいと思っても、着て行《ゆ》くものがありませんから損料でも借りて着て行《い》こうと思って」
國「黙ってろ、おい/\お浪、何方《どこ》の蕎麦屋へでも早く往って大蒸籠《おおぜいろ》か何かそう云って来な、駈け出して往って来い、コヽ跣足《はだし》で往け、へい申し旦那、お浪の云う通り損料を借りて紗綾羽二重《さやはぶたえ》を着て往ってもお悦びなさる旦那じゃねえ、損料を着て往けば立派だが、その時限りのことで、家《うち》へ帰《けえ》って来れば直ぐなくなって仕舞うから、それよりゃアその金を借金方へ填《う》めて精出し、働らいて儲《もう》けた銭で買った着物を着て往かなけりゃアならねえと思って居りやす、旦那え不思議なことにゃアお浪が此の頃|神信心《かみしんじん》を始めやした、彼奴《あいつ》は男を七人殺しやした奴ですぜ、それが手で殺すのじゃアねえのさ、皆《みんな》口で欺《だま》して殺すというのは、欺された男が身を投げたり首を縊《くゝ》ったりしやしたのさ、そう云う奴が観音様を拝むようになったから、観音様を拝んでも御利益《ごりやく》があるものか、それよりも首を継いでもらった旦那を拝めってなアお浪、あ、今彼奴は蕎麦屋へ行ったっけ」
文「そりゃア悦ばしいのう、己《おれ》の云うことを聞いて手前が改心すれば、彼《あ》の時打擲したことは文治郎が詫るぞ」
國「勿体《もってえ》ねえことをお云いなさる、此間《こないだ》親父の墓場へ往って石塔へ向って、業平橋の旦那のお蔭でお前《めえ》の下へ入《へい》れるようになったよと云ったが、親父も草葉の蔭で安心しましたろうと思いますのさ」
文「これは誠に少しばかりだが、家見舞だから取って置いてくれ」
國「旦那こんなことをなすッちゃアいけねえやね」
文「
前へ
次へ
全81ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング