善人になってくれるか」
 國「そりゃア屹度善人になりやす」
 文「大悪《だいあく》のものが改心すれば反《かえ》って善人になると云うから屹度善人になってくれ、併《しか》し手前《てまえ》が善人になると云っても借金があって法が付くまい、爰《こゝ》に廿両あるからこれで借金の目鼻を付けた上で、稼いでも足りぬ時は手前を打《ぶ》った印に生涯《しょうがい》でも恵んでやるから、これを持って往って稼げ」
 國「旦那それじゃア此の金を私《わっち》にくれますかえ、豪《えら》いなア、どうも驚いた、私《わっち》を悪《にく》んで打《ぶ》ったのだから、大抵の者ならくれた処が五両か七両、それを廿両|遣《や》るから善人になれと云うお前《めえ》さんの気象に惚れた、これから屹度改心して仕事を致します」
 文「能く云ってくれた、就《つ》いては手前に能く申し聞けて置く事があるが、悪人と云うものは、善人になると口で云って、其の金を持って往って、博奕場《ばくちば》へでも引掛《ひっかゝ》り、遣果《つかいはた》して元の國藏のように悪事をすれば文治は許さぬぞ、うっかり持って往《ゆ》くな、香奠《こうでん》にやるのだ、手前の命の手付にやるのだからそう心得ろ」
 國「怖《おっ》かねえ、死んでも忘れません、向後《きょうこう》悪事はふッつりと」
 と横に首をふり、「あゝ痛い/\首を振りゃア頭へ響けて痛いねえ、お浪や/\こけへ来て旦那様へお礼を申せ」と云ったが、どうしてお浪は國藏の打《ぶ》たれるのを見て、疾《とっ》くに跣足《はだし》で逃出《にげだ》して仕舞って居りませんから、國藏は文治に厚く礼を述べて立帰《たちかえ》りましたが、此の國藏が文治の云う事を真に感じ、改心致して、後に文治の為に命を惜まず身代りに立つのでございます。これは九月の三日の事で、これから十二月の三日の夜《よ》の事でございます。文治が助けた田舎の人が、江戸へ来て文治に馳走をすると云うので浅草辺で馳走になって帰る途中、チラリ/\と雪が降出《ふりだ》しましたから、傘《かさ》を借り、番場の森松と云う者が番傘を引担《ひっかつ》いで供をして来ますと、雪は追々積って来ました。
 文「大層降って来たなア」
 森「大層降り出して来ましたねえ」
 文「一面の銀世界だなア」
 森「へい、銀が降って来ましたか」
 文「なアに好《い》い景色《けしき》だと云う事よ」
 森「雪が降りますと貧乏人は難渋しますなア」
 文「だがのう、雪は豊年の貢《みつぎ》と云って、雪の沢山降る年は必ず豊年だそうだ」
 森「へー法印様がどうしますとえ」
 文「なアに雪が降ると麦作が当るとよ」
 森「八朔《はっさく》に荒れがないと米がとれやすとねー、どう云う訳でしょうなア、雨が氷っているのを天でちっとずつ削り落すのかね」
 文「馬鹿云え、下《くだ》り飴《あめ》じゃアあるまいし、これは天地|積陰《せきいん》温かなる時は雨ふり寒なる時は雪と成る、陰陽|凝《こっ》て雪となるものだわ、それに草木の花は五片《ごひら》雪の花は六片《むひら》だから六《むつ》の花というわさ」
 森「なんだかむずかしくって分らねえが、今日の客は気の利かねえ奴だ、帰《けえ》る時に大きい物でグーッと飲ませればいゝに、小さいもので飲ませたから直ぐ醒めて仕舞って仕様がありゃアしねえ、あれだから田舎者は嫌いだ」
 文「これ、人の御馳走になっていながら悪口《あっこう》を云ってはいかんよ」
 森「成程こいつアわるかった、時々|失策《しくじ》りますなア」
 と話をしながら天神の所まで来ますと、手拭を被《かぶ》って女が往ったり来たりしているから、
 文「森松や、彼処《あすこ》に女が居るようだなア」
 森「へー雪女郎《ゆきじょうろ》じゃアありませんかえ」
 文「なアに雪女郎は深山《しんざん》の雪中《せっちゅう》で、稀《まれ》に女の貌《かお》をあらわすは雪の精なるよしだが、あれは天神様へお百度でも上げているのだろう」
 森「それじゃア大方縁遠いのでしょう」
 文「何故え」
 森「寝小便か何かして縁付く事が出来ないから、それでお百度を上げているんでしょう」
 と云う中《うち》にプーッと垣際へ一《ひ》と吹雪吹き付けますると、彼《か》の娘は凍えたと見えまして、差込んで来る癪《しゃく》に、ウーンと云って胸を押えて、天神様の塀《へい》の所へ倒れましたから、
 文「あれ/\女が倒れたな」
 森「うっかり側へ往って尻尾《しっぽ》でも出すといけませんぜ」
 文「おゝ是は冷えたと見えて、可愛そうに、何所《どこ》ぞへ往って温ためてやればいゝだろう、手前の傘をつぼめて己《おれ》の傘を差掛けろ、彼《あ》の女を抱いて往ってやろう」
 森「お止しなさい、掛合《かゝりあ》いにでもなるといけませんぜ」
 文「なアに捨置く訳にはいかん」
 と云って力は七人力あるか
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