身代もよく、人も助け、其の上老母へ孝行を尽します。兎角《とかく》男達に孝子と云うは稀《まれ》なもので、成程男達では親孝行は出来ないだろう、自分の身を捨《すて》ても人を助けるというのであるから、親に対しては不孝になるだろうと仰しゃった方がありましたが、文治は人に頼まれる時は白刃《しらは》の中へも飛び込んで双方を和《なだ》め、黒白《こくびゃく》を付けて穏便《おんびん》の計《はから》いを致しまする勇気のある者ですが、母に心配をさせぬため喧嘩のけの字も申しませず、孝行を尽して優しくする処は娘子《むすめっこ》の岡惚れをするような美男でございますが、怒《いか》ると鬼をも挫《ひし》ぐという剛勇で、突然《いきなり》まかな[#「まかな」に傍点]の國藏の胸ぐらをとりまして奥の小間に引摺り込み、襖《ふすま》をピッタリと建《た》って國藏の胸ぐらを逆に捻《ねじ》って動かさず、
 文「やい國藏、汝《われ》は不届な奴である、これ能《よ》く承われ、手前《てめえ》も見た処は立派な男で、今盛りの年頃でありながら、心得違いをいたし、人の物を貪《むさぼ》り取り、強請騙りをして道に背き、それで良いものと思うか、官《かみ》の御法を破り兇状を持つ身の上なれば此の土地へ立廻る事はなるまい、然《しか》るに此の界隈で悪い事を働き、官の目に留れば重き処刑になる奴だに依《よ》って、官の手を待たずして此の文治郎が立所《たちどころ》に打殺《うちころ》すが、汝《われ》は親兄弟もあるだろうが、これ手前《てまえ》の親達《おやたち》は左様な悪人に産み付けはせまい、どうか良い心掛けにしたい、善人にしたいと丹誠《たんせい》して育てたろうが、汝《わりゃ》ア何か親はないかえ、汝《われ》は天下の御法を破り、強請騙りを致すのをよも善い事とは心得まいがな、手前のような奴は、何を申し聞かせても馬の耳に念仏同様で益《やく》に立たんから、死んで生れ替って今度は善人に成れ、汝《われ》は下駄屋職人だそうだが、下駄を削って生計《くらし》を立てゝも其の日/\に困り、どうか旦那食えないから助けて下さいと云って己《おれ》の処へ来れば米の一俵位は恵んでやる、然《しか》るを五十両|強請《ゆすろ》うなどとは虫よりも悪い奴である、汝《われ》の親に成代《なりかわ》って意見をするから左様心得ろ、人間の形をしている手前だから親が腹を立てゝ打《ぶ》つ事があろう、其の代りに折檻《せっかん》してやる」
 と云いながら拳骨を固め急所を除《よ》けてコーンと打《ぶ》ちました。
 國「あゝ痛《いた》た」
 文「さア改心しなければ立所に打殺《ぶちころ》すぞ、どうだ」
 國「どうか助けて下さいまし」
 文「イヽヤ元より殺そうと思うのだから助けはせん、手前も命を賭けて悪事をするのじゃアないか、畳の上で殺すのは慈悲を以てするのだ」
 と云いながら又胸ぐらを締上げたから、
 國「ア痛た/\、改心致しやすから助けて下せえ、改心します/\」
 文「弱い奴だなア、改心するなどと申して此の場を逃延《にげの》びて、又候《またぞろ》性懲《しょうこ》りもなく悪事をした事が文治郎の耳に入れば助ける奴でない、天命と思って死ね」
 國「ア痛た/\、そう締めると死んで仕舞います、屹度《きっと》改心しますから何卒《どうぞ》放して下せえ/\」
 文「屹度改心致すか、改心致せ」
 と云って突放《つきはな》された時は身体が痺れて文治の顔を呆気に取られ暫く見て居りましたが、
 國「旦那え/\お前《めえ》さんは噂にゃア聞いて居りやしたが、きついお方ですねえ、滅法な力だ、私《わっち》も旧悪のある國藏で、お奉行《ぶぎょう》がどんな御理解を仰しゃろうと、箒《ほうき》じりで破綻《ひゞだけ》のいるほど打《ぶ》たれても恐れる人間じゃアねえが、お前《めえ》さんの拳骨で親に代って打《う》つと云う真実な意見の中《うち》に、手前《てめえ》は虫よりも悪い奴だ、又堅気の下駄屋で稼いでいて足りねえと云えば米の一俵ぐれえは恵んでやると云う言葉が嘘で云えねえ言葉だ、成程そう云われて見れば虫より悪い事をしやした、旦那え、実ア私《わっち》ア寒さの取付《とっつ》きで困るから嚊をだしに二三両強請ろうと思って来たんだが、お前《めえ》さんの拳骨で打たれた時は身体が痺れて口も何も利けなくなったが、妙な所を打つんだねえ、どうも変に痛いねえ、旦那え、屹度これから改心して國藏が畳の上で死なれるようになった時にゃア旦那へ意趣返しのしようはねえが、私《わっち》が改心した上で鼻の曲った鮭《しゃけ》でも持って来たらば、お前《めえ》さんも些《ちっ》とア胆魂《きもったま》が痛かろうと思うが、其の時は何《なん》と仰しゃいますえ」
 文「これは面白い事を云う、其の時は無闇に人を打擲して済むものでないから、文治が土間へ手を付いて重々悪かったと云って屹度謝ろうが、
前へ 次へ
全81ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング