ねいえ》だ」
 忠「あの伏見の金家、結構でございますな」
 蟠「鞘は蝋色《ろいろ》で別に見る処もないが、小柄《こづか》はない、貧乏して小柄を売ったと見える」
 忠「思い掛けない物がお手に這入るもので」
 蟠「久しく来ないからどうしたかと思った」
 忠「時に先生、申し兼《かね》ましたが、市ヶ谷の親類の者に子供が両人あって、亭主が暫らく煩《わずろ》うて、別に便《たよ》る者もない、義理ある親類で嘆いて参って、助けてくれぬかと、拠《よんどころ》なく金子を貸してやらなければなりません、手前も貧乏でございますから貸すどころではございません、誠に申上げ兼ますが、先生五十金拝借を願います」
 蟠「フーン、つい此の間廿金やった上に、又三十金というのでお前の云う通り五十両からやってある」
 忠「それは存じて居ります、再度お手数《てかず》を掛けて、こんなことを申し上げるのではございません、拠《よんどころ》ない訳で一時《いちじ》のことで、九月……遅くも十月までには御返金致します、これは別に御返済致します」
 蟠「フン/\、今手許に金がない、お前にも穗庵にもやってある」
 忠「お貸し下さらぬか」
 蟠「はい」
 忠「宜しゅうございます、無理に拝借致そうという訳ではございませんが、先生拝借を願います、足元を見て申上げるように思召《おぼしめ》すか知りませんが、左様な訳ではありません、此の度《たび》は困るからでございますが、手前共のような者でお役には立ちますまいが、手前にこうしてくれぬかという時は先生に御懇命を蒙《こうむ》って居りますから嫌《いや》とは申しません、はいと申します、事露顕致せば命にも係わることでもいやとは申しません、義理というものは仕方がございません、手前も義理だから先方に貸してやらなければならぬ、出来なければ仕方はございませんが、彼《あ》の時命懸けの事をして、其の上ならず貞宗の刀がお手に入《い》れば二百金ぐらいのものがあります、お金が出来なければ其の刀を拝借して質に入れましょう」
 蟠「無礼な事を云ってはならぬ、人の腰の物を借りて質に置くというのは無礼至極だろう」
 忠「そうですか、貴方の刀ではございますまい、小野庄左衞門の」
 蟠「これ/\大きな声をしてはならぬ」
 忠「お貸し下さらんければ宜しゅうございます、一旦金などを貸して下さいと云って貸して下さらぬというと来悪《きにく》くなりますから、御無沙汰になります、手前も一杯飲みますから、うっかり飲んで、口が多うございますから、打敲《ぶちたゝ》きをされゝばお茶の水の事や何か喋《しゃべ》れば貴方の御迷惑になろうと思います」
 蟠「フン、だが此の刀を持って質に入れられては困る、他から預って居《お》る金を融通しよう、いろ/\それに付いて貴公に頼む事がある、貴公も私の悪事に左袒《さたん》して、それを喋って意趣返しをしようということもあるまい、お互いに綺麗な身体にはならないから、もう一と稼ぎしようじゃないか」
 忠「どういうことでございます」
 蟠「家《うち》じゃア話が出来ないから、今に舎弟が帰るから亀井戸の巴屋《ともえや》で一杯やって吉原へ行《ゆ》こう」
 忠「取り急ぎますから金子を拝借します」
 蟠「押上《おしあげ》の金座の役人に元手前が剣術を教えたことがある、其処《そこ》へ行《ゆ》けばどうにかなるから一緒に行《ゆ》こう」
 忠「金さえ出来れば参りましょう」
 とこれから巴屋へ往って酒を飲みます。元より好きだから忠五郎どっさり飲みました。
 忠「もう酔いまして、帰りましょう、金子を拝借したい」
 蟠「これは五十金、私《わし》が金座役人の所へ往って此の金は明日《あした》までに届けなければならぬ金だが、吉原へ行《ゆ》けば才覚が出来る、池田金太夫《いけだきんだゆう》という人を知っているだろう」
 忠「河内守《かわちのかみ》の公用人の」
 蟠「そうよ、内証《ないしょう》で遊びに往っている金太夫に遇うまで貴公は他《た》へ往って、赤い切れを掛けた女を抱いて寝て居《お》れば百金は才覚する」
 忠「久しく遊びに参りませんよ、妻《さい》が歿して二年越し独身で居ります……参りたいな、金子を戴いて待っている間、赤い切れと寝ているなどは有難い」
 蟠「金を早く持って帰らんでは市ヶ谷の親類の方はどうする」
 忠「金を持って行《ゆ》けば明日《あした》でも宜しゅうございます」
 蟠「現金な男だ、駕籠というのも何《なん》だからぶら/\歩こう」
 と貸提灯《かしぢょうちん》を提げて雪駄穿きで、チャラリ/\と又兵衛橋《またべえばし》を渡って押上橋《おしあげばし》の処へ来ると、入樋《いりひ》の処へ一杯水が這入って居ります。向うの所は請地《うけじ》の田甫《たんぼ》でチラリ/\と農家の燈火《あかり》が見えます、真の闇夜《やみ》。
 蟠「阿部
前へ 次へ
全81ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング