時分から誠に気性が違い、正しい人だと云って褒めて居りましたが、相変らずお勤めで、お母さまも御機嫌|善《よ》いかね」
 中「母も無事でございます、あなたも御不自由でございましょうが、好《よ》いお嫁が参って大切にすると云うことで、中原悦んで居りましたよ」
 母「誠に有難うございます、久し振りで遇《あ》いましてこんな嬉しいことはありません、久し振りで上下《かみしも》を見ましたよ、此の近所には股引《もゝひき》や腹掛《はらがけ》をかけた者|計《ばか》り居《お》るから……かやや/\……これは嫁でございます」
 中「左様でございますか、中原岡右衞門と申す者、以後御別懇にねがいます…時に藤原|氏《うじ》、此の度《たび》は貴殿をお召し返しになります」
 藤「へー手前がお召し返しになりますか」
 中「はい、親族だけに手前へ此の役を仰せ付けられました、上《かみ》から仰せ付けでございますから、仰せ付けられ書《がき》を一《ひ》と通り読上げた上で緩《ゆっく》りお話し致しましょう」
 藤「お召し返し/\お母さまお召し返しになります」
 母「おや/\、それは有難いことでございます、もう一度お屋敷を見て死にたいと思って居りましたが、それは有難いことで」
 中原は上座へ直りまして、
[#ここから引用文、3字下げ、はじめの「一」のみ2字下げ]
一|其方儀《そのほうぎ》先達《さきだっ》て長《なが》の暇《いとま》差遣《さしつか》わし候処《そうろうところ》以後心掛も宜しく依《よっ》て此度《このたび》新地《しんち》二百石に召し返され馬廻り役|被仰付候旨《おおせつけられそうろうむね》被仰出候事《おおせいだされそうろうこと》   重  役 判
[#ここで引用文終わり]
 藤「はア」
 と藤原は恐入って、思わずポロリと男泣に泣きました。
 藤「あゝ此の上もない有難いことでございます」
 中「誠に御恐悦、これは役だから先《ま》ず役だけ済んだ、これから緩《ゆっく》り話しましょう……時にお差支《さしつかえ》もあるまいが此の中には五十両あります、故郷へは錦を飾れという事でございますから、飾りは立派にして帰れば親族の手前も鼻が高い、茲《こゝ》にあいて居《お》る金が五十|金《きん》あるから使って下さい」
 藤「はゝゝゝ誠に千万|辱《かたじけ》のうござる、親類なればこそ五十金という金を心掛けて御持参下さる、此の恩は忘却致しません」
 中「直ぐお暇《いとま》致します」
 藤「先ず/\宜しゅうございます」
 中「役目でござるから、家老に此の事を申さなければならぬ」
 と云って中原岡右衞門は屋敷へ帰ります。文治郎も悦びまして、母からはこれは先代|浪島文吾左衞門《なみしまぶんござえもん》が差された大小でござる、これは中原岡右衞門という人の手前もあるから遣《や》ったら宜かろうという。又文治郎の方でも持合《もちあわ》せた金がこれだけあるからやる。衣服《きもの》をお母《っか》さまの古いのをおかやにやるが宜《よ》かろうと衣類を沢山に長持に詰めてやりまして、藤原喜代之助は廿八日に松岡右京太夫の屋敷へ帰りました。文治郎は藤原が屋敷へ帰れば、我《われ》が斬死《きりじに》をして母一人になっても母の身の上は安心。大伴の家へ人を廻して様子を聞くに、今夜は兄弟酒を酌《の》んで楽しむ様子だから、今夜こそ斬入《きりい》って血の雨を降らせ、衆人の難儀を断とうという、文治郎|斬込《きりこみ》のお話に相成ります。

  十六

 大伴蟠龍軒の家に連なる者、或《あるい》は朋輩《ほうばい》などは目の寄る処へ玉と云って悪い奴ばかり寄ります。其の中に阿部忠五郎という奴は、見掛けは弱々しい奴で、腹の中は良くない奴で、大伴に諛《へつら》いまして金でも貰おうという事ばかり考えて居ります。丁度七つ下《さが》りになりまして大伴の処へ参りますと、幸い蟠作も居りません、蟠龍軒独りで小野庄左衞門を殺して取った刀へ打粉《うちこ》を振って楽しんで居ります。
 蟠「誰《たれ》だえ」
 忠「阿部でございます、只今お玄関へ参った処が誰《たれ》も居りません、中の口へ参っても御門弟も居りませんから通りました、何《なん》です、お磨きですか」
 蟠「さア此方《こっち》へ来な、誰《たれ》も居らぬが、これは先達《さきだっ》てお茶の水で小野を殺害《せつがい》致して計らず手に入《い》った脇差だが、彦四郎貞宗だ、極《ご》く性《しょう》が宜しい」
 忠「はア、彼《あ》の時の……又先達ては多分の頂戴物《ちょうだいもの》をいたしまして有難うございます」
 蟠「縁頭《ふちかしら》は赤銅七子《しゃくどうなゝこ》に金で千鳥が三羽出ている、目貫《めぬき》にも千鳥が三羽出ている、後藤宗乘《ごとうそうじょう》の作だ」
 忠「大した物ですなア」
 蟠「柄糸《つかいと》も悪くもない、鍔《つば》は金家《か
前へ 次へ
全81ページ中73ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング