あが》って見たりいろ/\して居ります。お町はハラ/\して其の儘寝る事もなりませず居《お》る中《うち》に、カア/\と黎明《しののめ》告《つぐ》る烏と共に文治郎は早く起きて来まして、
 文「お母《っか》さまお早う、好《よ》い天気になりました、お町やお母さまのお床を上げて手水盥《ちょうずだらい》へ水を汲むのだよ」
 と云って少しも平生《へいぜい》と変りはありませんから、夕べは玉つばきの八千代《やちよ》までと深く契ったようだと思い、お母さんも安心して居ります。唯|気遣《きづか》いなのは嫁でございます。婚礼の晩に早くお床にはいらぬと縁が薄いという其の夫が夜中に出て行って荒々しくして居ります。其の日も暮れ、お母様もお静まりになると、又風呂敷包を持って来まして、
 文「町、昨夜《ゆうべ》云った通りお母さまのことは頼むぞ」
 町「はい、何時《いつ》頃お帰りになりましょう」
 文「多分明方までに帰る、若し明方までに帰らぬと頼むぞよ」
 と間違えば斬死《きりじに》するつもりでございます。大伴の道場には弟子子《でしこ》もあります、飛道具もあります、危いから若し夫婦の交りをすれば、此の女は生涯|操《みさお》を立って後家《ごけ》で通さなければならぬから、情《なさけ》を掛けて一つ寝をしないのでございます。お町は夫にお怪我がなければ良いと案じて居りますと、今度は直ぐに帰って来ました。
 文「明けろ」
 前のように鎖帷子を取って風呂敷に包んで寝ました。其の晩も大伴の道場へ斬込むことが出来ぬと見えてバターリッと仰向になって、又起上り、又寝て見たり、癇癖に障って寝られません。斯《か》くすること五日ばかり続けました。其の中《うち》にお町の心配は一《ひ》と通りでございません、五日目の朝でございます。
 文「お母さま御機嫌宜しゅう、お町/\」
 と云って居ります。藤原喜代之助も朝飯《あさはん》を食べて文治郎の家へ参り、お町の様子を文治郎に聞くと、心掛も良し、女も良し、結構だと云うから、昼飯《ひるはん》を食べて暑うございますから涼しい処へでも参ろうと云う処へ、森松が駈込んで参りまして、
 森「旦那、大変でございます」
 藤「どうした」
 森「だって大騒ぎでございます」
 藤「何《なん》だあわたゞしい」
 森「表へ馬に乗った士《さむらい》が参りました」
 藤「どんな姿をして来た」
 森「抜身の槍で鎧《よろい》を着て藤原喜代之助の宅は此の裏かと云いました」
 藤「どういう訳で…其の者はどうした」
 森「今来ますよ」
 藤「槍は鞘《さや》を払ってあるか」
 森「抜身ではありません、鞘を取ると抜身になります」
 藤「誰が来たのだ」
 と覗《のぞ》いて見ると、行儀霰《ぎょうぎあられ》の麻上下《あさがみしも》を着て居ります、中原岡右衞門《なかはらおかえもん》と云う物頭役《ものがしらやく》を勤めた藤原と従弟《いとこ》同士でございます、別当も付きまして立派な士《さむらい》がつか/\と来ました。
 中「藤原殿、思い掛けない訳でございます」
 藤「どうして、これは」
 中「存外御無沙汰|今日《こんにち》は思いも掛けない吉事《きちじ》で、早く知らせようと思って、重野《しげの》の叔父《おじ》も殊《こと》の外《ほか》悦んで居りました」
 藤「どう云う訳で……森、彼《あれ》は親族の者だ……此の通り見苦しい訳でお許し下さい」
 中「宜しい、番内《ばんない》は路地に待って居れ」
 藤「それへお上げ下さい」
 中「いや彼方《あっち》へやります、馬の手当を致せ」
 藤「御家来を此方《こちら》へ」
 余り狭くて親類の家というのは間《ま》が悪いから遠ざけまして、
 中「誠に暫く、御壮健のことは下屋敷《しもやしき》に於《おい》て聞いて居りましたが、お尋ね申すは上《かみ》へ憚《はゞか》りがありますからお尋ね申しません、いやお懐かしゅうございました」
 藤「いや面目次第もございません、一時の心得違いから屋敷を出まして、尾羽《おは》打ち枯らした身の上、斯《かゝ》る処へ中原|氏《うじ》が参ろうとは存じません、面目次第もございません」
 中「御先妻のあさという婦人がお母《っか》さまに不孝を致し、彼《あ》の婦人の為に屋敷を出る位であったが、其の妻なる者が歿《ぼっ》して二度目の妻《さい》は此の近辺に居《お》る浪島とか云う者の妹が参ったとか、それが叔母さまを大事にするという説が屋敷へも聞《きこ》え、それこれお悦び申す」
 藤「面目次第もございません」
 中「お母さまも御壮健でございますか」
 藤「はい、お母さま/\……年を取りまして……中原岡右衞門が参られました」
 母「おや/\誠に暫く、もうどうも年を取りまして身体もきかず、又目も悪くなり、お前の顔もはっきり分りません、お変りもなくまア/\立派なお身なりにお成りで、お前は若い
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