。大伴蟠龍軒の次に蟠作が坐り、其の次にお村が坐りまして、其の次にお崎|婆《ばゞあ》が猫脊になって坐って居《お》る、外《ほか》に門弟が四五人居ります。襖を隔《へだ》って文治郎が両手を突いて叮嚀《ていねい》に挨拶を致します。
 蟠「さア、どうぞこれへ這入って下さい、其処《そこ》じゃア御挨拶が出来ぬ故|何卒《どうぞ》此方《こっち》へ這入って下さい、此の通り今稽古を仕舞って一杯初めた処で、甚だ鄙陋《びろう》な体裁《ていさい》で居《お》るが、どうぞ無礼の処はお許し下すって、これへお這入り下さい」
 文「へー初めまして、えー業平村に居ります浪島文治郎と申す至って粗忽の浪士、お見知り置かれて此の後《のち》とも幾久しく御別懇に願います」
 蟠「御叮嚀の御挨拶、手前は大伴蟠龍軒と申す武骨者、此の後《ご》とも御別懇に願う……これは手前の舎弟でござる、蟠作と申す者、どうぞお心安く願います」
 蟠作「初めまして、手前は蟠作と申す者、予《かね》て雷名|轟《とどろ》く文治郎殿、どうか折《おり》があらばお目に懸りたいと思っていたが、縁なくして御面会しなかったが、能《よ》うこそ御尊来で、予てお噂に聞きましたが、大分《だいぶ》どうも何《なん》だね、お噂よりは美くしいね」
 怪《け》しからぬことを言う奴と思ったが文治郎は、
 文「えー、今日《こんにち》お目通りを願いたい心得で罷《まか》り出ましたが、御不在であるかお逢いはあるまいかと実は心配致して参りましたが、お逢い下すって誠に此の上も無《の》う大悦《たいえつ》に存じます、少々仔細あって申し上げたい儀がございまして罷り出ましたが、大分お客来《きゃくらい》の御様子、折角の御酒宴のお興を醒《さま》しては恐入りますが、御別席を拝借致して先生に申し上げたいことがありまして」
 蟠「いゝえ、なに別席には及ばぬ、これは門弟だから心配には及びません、直《す》ぐにこれで逢う方が却《かえ》って宜《よ》い、何《なん》なりと遠慮のう直ぐにお話し下すって」
 文「左様なれば申し上げますが、他《ほか》の儀ではございませんが、紀伊國屋友之助の儀に付いて罷《まか》り出ました」
 蟠「成程、何しろ席が遠くて話が出来ぬ、遠慮してはいかぬ、此方《こっち》へ這入って下さい、剣術遣いでも野暮《やぼ》に遠慮は入りません、丁度相手欲しやで居りました、どうかこれへ」
 文「御免下さい」
 と這入ろうとしたが、關兼元の脇差は次の間へ置いて這入らなければなりませんが、若《も》し向うが多勢《たぜい》で乱暴を仕掛けられた時は、止《や》むを得ず腰の物を取らんければならぬ、其の時離れていては都合が悪い、それゆえ襖の蔭へ置きまして、余程|柄前《つかまえ》が此方《こっち》へ見えるようにして、若し向うで愈々《いよ/\》斬掛《きりか》けるようなる事があると、坐ったなりでずうっと下《さが》り、一刀を取って抜こうと云う真影流の坐り試合、油断をしませんで襖の所へ置いて掛合うという危険《けんのん》な掛合でございます。
 文「只今申上げました紀伊國屋友之助は図らずも御当家へお出入になりましたことは此度《こんど》始めて承わりましたが、不思議の縁で昨年来よりして手前|店請《たなうけ》になって駒形へ店を出させました廉《かど》もございましたが、久しく音信《いんしん》もございません、銀座へ越します時も頓《とん》と無沙汰で越しました、然《しか》る処、昨夜吾妻橋を通り掛りますると、友之助が吾妻橋の中央より身を投げようと致す様子、狂気の如く相成って居ります故、引留《ひきと》めて仔細を聞くと、御当家様へお出入になり、長らく御贔屓《ごひいき》を戴き先月御当家様で金子百両借用致して、其の証文|表《おもて》に金子滞る時は女房お村を妾に差上げると云うことが書いてあり、金子の返金滞ったによって女房お村をお取上《とりあげ》になってお返しがない、それ故に驚き、金子才覚して持って参りました所が、金子もお村もお取上で、お返しならぬ上御打擲になり、剰《あまつさ》え御門弟|衆《しゅ》が髻《もとゞり》を取って門外へ引出し、打ち打擲して割下水へ倒《さか》さまに投入《なげい》れられ、半死半生にされても此方《こっち》は町人、相手は剣術の先生で手向いは出来ず、如何《いか》にも残念だから入水《じゅすい》してお村を取殺《とりころ》すなどと狂気《きちがい》じみたことを申し……それはまア怪《け》しからぬこと、音に聞えたる大伴の先生故、町人を打ち打擲などをすることはない筈《はず》、又女房を金の抵当《かた》に取るなどと端《はした》ないことはなさる筈がない、そんなことは下々《しも/″\》ですること、先生はよもや御得心のことではあるまい、何か頓と分りませんから、一応先生に承わって当人へ篤《とく》と意見を申し聞かせまする了簡で罷り出ました、えい友之助の悪
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