い廉《かど》は私《わたくし》当人になり代りましてお詫を致しますが、どのような仔細あってでございますか一応仰しゃり聞けられますれば有難い事で」
 蟠「成程、片聞《かたきゝ》ではお分りもございますまいが、これは斯《こ》う云う訳で、これに蟠作も聞いて居《お》るが、此の二月から出入させます紀伊國屋友之助は至って正道《しょうどう》らしく、深く贔屓にして、蟠作も袋物が好《すき》で、私も好だから詰らぬ物を買い、遂に馴染になり、心安だてが過ぎ、手前方へ来る阿部忠五郎と申す者が碁を打つと友之助は飯より好と云うので、酒の場で碁を打ってな陰気だから止せ/\と云うのも肯《き》かず遂に勝負に時を移し、賭となり金を賭けた処友之助が負けたから、金を貸せ/\と云い、纒《まと》まった大金だからどうも貸し悪《にく》い、間違いもあるまいが証文を入れろと云ったら、別に書入れる物はござらぬから、手前命より大切なものは女房のお村でございますから、お村を書入れましょうと云い、馬鹿々々しい訳だけれども、まさか金を返さぬ気遣《きづか》いもあるまいが、蟠作に話しをし、証文は取るに足らぬが、人間は心と心を見ぬいた上金を遣《や》り取りすべきであるから、どうでも宜しいと云うと、当人が阿部忠五郎に証文を書いて貰い、印形を捺《お》して証文を置放《おきぱな》しにして帰ったが、金は返さず、当人も間《ま》が悪いと心得たか、十五日に女房お村を連れて来て、置放しに帰った切り、頓《とん》と参りません、どうしたかと思って居《お》ると、昨日《きのう》突然参ってお村を返せと云うから、お村は返さぬでもないが金を返せと云うと、いゝえ金は返されません、お村を返せと云うから、お村を返すには金を取らぬければ、なんぼ兄弟の中でも私《わし》が請人《うけにん》だから金を出せと云う争いから、狂気《きちがい》見たように猛《たけ》り立って、私《わし》を騙《かた》りだ悪党だと大声《たいせい》を発して悪口《あっこう》を言うので、門弟どもが聞入れ、師匠を騙りだの悪党だのと云っては捨置れぬと、髻《もとどり》を取って引出し打擲したと聞いたから、後《あと》でまア弱い町人を其様《そんな》にせぬでも宜《よ》いと小言を云い聞かせて置きました、何も仔細はない、怪《け》しからぬことで」
 文「どうも御贔屓になりましたる先生のことを騙りなどと悪口《あっこう》するとは不埓至極な奴、大方《おおかた》友之助は食酔《たべよ》って前後も打忘《うちわす》れ、左様なる悪口を申したに相違ございません、友之助の不埓は文治郎なり代りましてお詫申しますが、元々お出入のことでございますから、友之助の妻《さい》お村は友之助へお返し下さるようになりましょうか」
 蟠「あゝ返しますとも、外《ほか》ならぬ文治郎殿がお出《いで》になったことだから、あいと二つ返事で返さなければならぬ、速《すみや》かにお返し申します」
 さき「誠にどうも貴方困りますね、貴方方《あなたがた》が左様《そう》仰しゃって下さると、私とお村が困ります、迷惑致します……えー文治郎さん、お前はなんぞと云うと友之助のことにひょこ/\出て来るが、どう云う縁か知りませんが、去年の暮お村を友之助に遣れというから、私は一人娘で困ると云ったら、私の胸倉《むなぐら》を取って咽喉《のど》をしめて、遣らぬと締め殺すと云ったが、何処《どこ》の国に娘の貰い引《ひき》に咽喉を締める奴がありますか、私も命が欲しいからはいと云って遣ったら、五両ずつ月々小遣を送ると嘘ばかり吐《つ》いて、何《なん》にも送りはしません、其の上友之助は大事の娘を何故|此方様《こちらさま》へ金の抵当《かた》に置いた、今私が遣るの遣らぬのと云えばお前は咽喉を締めもするだろう、弱い婆《ばゞ》ばかりなれば締めるだろうが、此処《こゝ》では締められまい、さア締めるなれば締めて見ろ、遣らぬと云ったら遣らぬ、締めるとも殺すともどうでもしなせえ」
 文「それはお母《っかあ》、遣る遣らぬは後《あと》の話、お前に相談するのではない、先生との話だからそれは後の話にして下さい」
 蟠「控えて居《お》れ、遣る遣らぬは当人同士の話にするが宜《よ》い、私《わし》は私《わし》で文治郎殿と話をする、のう文治郎殿、さアお返し申すと云ったら一時《いっとき》も待たぬ、速《すみや》かに返す、其の代り友之助の借りた金は掛合人のお前が償って返すだろうね」
 文「昨日友之助が百金返金になって居ります筈で」
 蟠「百両ではありません三百両です、これ証文箱を出せ……これに書いてある此の証文を御覧《ごろう》じろ、此の通り書いたものが物を云う、三百両と書いてありましょう」
 文「少々拝見致します」
 と文治郎は手に取って見ると、成程友之助の云う通り金の字と百の字との間に無理に押込んだ三の字が平ったくなっている、不届至極の奴と
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